ミヤジとギクシャクしている。
ギクシャクし続けている。
わたしの誕生日の翌日、飲酒絡みでミヤジを不快にさせてしまったことがあった。
それから、「すれ違い」を感じるようなことが、だんだん増えていって。
――起きた。
頭が痛い。
悪い夢を見たのかもしれない。
夢を見たのか見なかったのかということすらハッキリしないけど。
身を起こしたわたしは、ベッドのすぐ下に居たゆるキャラ「ホエール君」のぬいぐるみを拾い上げて、ギュッと抱き締めた。
ホエール君の吠え顔が可愛くて、頭の痛みが軽減される。
だけど、ホエール君の癒やしパワーの効果は長く持続することは無くて、すぐにズーン、と背中が重くなる。
カーテンを開けたら、やっぱりどんよりとした天候だった。
背中だけでなく、カラダ全体に見えない負荷がかかっていく。
ベッドから抜け出るまで30分以上かかってしまった。
「ごめんね……ホエール君」
上手に癒やされることができなかったのを詫びてから、ゆらゆらと勉強机に向かう。
意味もなく、ほんとうに意味もなく、高校時代の校内スポーツ新聞のバックナンバーを机上(きじょう)に広げる。
高校時代にわたしが書いた文章も、高校時代のわたしの文章力も、過去の栄光にすぎないのに。
文章力。実体のないモノ。本来は定義のしようもないモノ。
『作文オリンピック』銀メダルなんて、虚しい勲章なんだ。
× × ×
「……おまえさ、『作文オリンピック』で金メダルだった人と、交流はあるの?」
デスクに背を向けてわたしに眼を向けるやいなや、ミヤジが訊いてきた。
「なんでそんなこと訊くの」
やや目線を下向きにして、問い返す。
「おまえは銀メダリストだろ? だったら、金メダリストだった人と接触する機会なんかもあるのかなー、と思って」
「無かったよ。接触なんて」
「でも、金メダリストの人の名前は憶えてるんだろ?」
「……どうかな」
ミヤジのベッドに腰掛けているわたしは、さらに目線を下向きにして、
「終わったことじゃん、作文オリンピック、なーんて」
と言って、
「金メダルだとか銀メダルだとか、もうどーでもいいことだよ」
と言う。
が、
「……どうしてそんなこと言うんだよ。本気で『どーでもいい』って思ってるのかよ」
という不穏じみた声が、わたしの耳に届く。
「うん。本心だよ?」
オリンピックやメダル絡みの話を今すぐ終わらせたくて、ミヤジにそう答える。
床に俯きながらわたしは答えた。
答える声が挑発的な色を帯びていたのを、答えたあとで自覚した。
ミヤジ、絶対気を悪くしてる。
でも、出してしまった声は仕方がない。
あとの祭り。
「意味わかんねえよ。そんなに簡単に投げ捨てられるものなのか!? 校内2位でもなく、都内2位でもなく、国内2位なんだろうが、おまえの『銀メダル』は。もし、おまえの後輩が、おまえからさっきみたいなコトバを聞かされたら、どう感じると思う!?」
やっぱり、ミヤジ、怒った。
こういう成り行きになるのを……ここ1ヶ月で……何度経験したっけ。
「言わないよ。後輩には」
不誠実なコトバを返した。
「どういう意味だ」
「意味もなにも無いじゃん」
「あすか、おまえなにがしたいんだ。なにを僕に伝えたいんだ」
わたしは黙って立ち上がった。
俯いたまま、ミヤジの前に立った。
「ごめん。今日この場でわたしが言ったことは、全部忘れて」
震え声になった。
後悔の度合いが強かったからだ。
「わすれて。わすれてったら、わすれてっ」
絶望的な声音で、わたしはわたしの彼氏に告げる。
それからわたしは駆け出して、わたしの彼氏の部屋から逃げ出して、わたしの彼氏の部屋のあるマンションから逃げ出す。