『アツマくん』
『ん』
『どうも冴えないわね、あなた。食欲だけは旺盛みたいだけど』
『冴えないおれをどーするつもりだ』
『こーするのよ』
『へ??』
× × ×
強引に腕を引っ張られたかと思いきや、姿見の前まで連れて行かれた。
そして、くまなく身だしなみをチェックされた。
『愛よ、なにがしたいの、おまえ』
『公共の場でも恥ずかしくない格好にあなたを持っていきたいの』
『? 分かりやすく言い換えてくれよ』
『デートがしたいのよ』
『!?』
『あなたを外に出さないと、干からびていきそうだから』
× × ×
『干からびる』っていう表現もヒドいよなー。
「まあ、そういう表現のヒドさも受け容れて、おまえの願いに応えてやって、こうして日曜デートをしているというわけだ」
「……だれに向かって言ってるの? アツマくん」
「現在、おれと愛はカラオケ店の中に居る。いささか古めかしい表現かもしれんが、『カラオケなう』ということだな、うむ」
唖然としている愛に、力強くマイクを手渡す。
「次はおまえの番だぞ」
力強く言うおれ。
「ほれほれ、曲を入れるんじゃ、曲を」
『旅の途中』という曲名テロップがモニターに映った。
元の歌手は、清浦夏実。
例によって群を抜いた歌唱力で、愛は『旅の途中』なる曲を歌唱していく。
演奏が終了し、採点結果が発表される。
98点台であった。
さすが。
しかし、98点台でも満足できないのか、愛は真顔でモニターを見る。
それはいいとして、
「なんかの主題歌とかだったり? アニメとかの」
「どういうカンの鋭さなの、あなた」
と言いつつ、こっちを向いてきて、
「『狼と香辛料』っていうアニメのオープニングテーマだったんだって」
ふむふむ。
<2008年>って演奏終わりにクレジットされてたな、そういや。
だとすると、相当前のアニメだってことか。
おれは小学校2年だったし、愛なんか小学校に入ってすらいねーぞ。
「『15年も前の懐かしアニメの主題歌をどこで知ったんだ』って言いたげな顔ね」
なんで分かった。
「わたしのサークルの後輩が教えてくれたのよ」
「――成清(なりきよ)くん?」
「ぴんぽーん」
「……」
「成清くんはアニメソング博士だから。年代とか関係なしに楽曲を知ってるのよね」
さりげなくおれにマイクを手渡して、
「もっとも彼によると、『狼と香辛料』はもう一度アニメ化されるみたいだけど」
と、情報を提供してくる愛。
× × ×
ライトノベルの棚なんぞ、立ち寄った憶えすら無い。
某所某大型書店のライトノベルの棚の前に立ちながら、
「これが電撃文庫ですか」
「あんまりフザけ過ぎもダメよー、アツマくん」
「分かってら」
「信用できる余地をもっと広げてくれないかしら」
「また、回りくどく……」
おれに少しも構うこと無く、電撃文庫の背表紙を眼を細くして眺めていく愛。
――やがて愛は、濃紫色の背表紙の電撃文庫を棚からひょい、と抜き出す。
『とある魔術の禁書目録(インデックス)』か。
さすがにそれぐらい有名なシリーズなら、読んではいないものの識(し)ってはいる。
愛が抜き出したのは、かなり初期の巻だった。
愛は、表紙に描かれている少女のイラストをじーーっと見つめる。
「あー、アレだろ、確かその娘(こ)の名前って――」
おれは言いかけてギョッとした。
というのは、『禁書』の表紙に向かう愛の顔が、この上なく楽しそうなニヤつき顔になっていたからだ……!
「なんだよなんだよ、変な目線でラノベの表紙見つめるもんでもねーぞ」
「アツマくん。『ラノベ』って略すんじゃないの。ちゃんと『ライトノベル』って言ってあげるの」
「ぬな」
「まーた、『ぬな』とか言ってる」
ルンルンにおれを煽る愛……。
× × ×
「手から静電気を自由に出せたりしたら面白いのにね」
「『あの娘(こ)』が出せるのは静電気どころじゃなかったんでは??」
「んー」
「こっコラッ愛ッ、こんなとこでいきなり立ち止まるな」
「わたしの、見た目だけど――」
「見た目!?」
「とある『あの娘(こ)』よりも、『ソードアート・オンライン』のアスナちゃんに似てると思わない??」
「……勝手に思っていてください、愛さん自身で」