【愛の◯◯】初心(ウブ)な原石(げんせき)

 

「アツマくん!」

「ンッどーした」

「大学に行ってくるわ。サークルに顔を出すの」

「そーなんか」

「……それでね。」

「え?」

わざとらしく、アツマくんの顔を見つめる。

ジックリと見つめる。

彼が動揺し始めるのを確認してから、

「いってきます」

と言うと同時に、全力でハグ。

心地いい感触。

彼を独り占め状態だから、なおさら。

 

× × ×

 

呆然とし続けているアツマくんを背に、玄関へ。

 

× × ×

 

『朝から激しすぎたかな?』なんて、これっぽちも思わない。

幸福に満ちた気分で、吊り革を持ちながら、車窓を眺める。

 

× × ×

 

和田成清(わだ なりきよ)くんが、新田くんと話し込んでいる。

鈴木みのりのアニメ主題歌の中でどれがいちばん名曲なのか?』というテーマで、熱く語り合うふたり。

背後から、

「成清くん、成清くん」

と声をかけてみるわたし。

「アニソントークがひと段落したら、でいいから――」

「え? なんすか、羽田センパイ」

「ちょっとお話があるのよ」

「お……おれ、なんかマズいことしたっすか」

「違う違う」

思わず苦笑いしながら、

「お説教じゃないの」

「お説教じゃないのなら、いったい……??」

ここで新田くんが、

「成清~。キョドりすぎじゃねーのか、おまえ」

「だ、だって……」

「やれやれ。マジで『やれやれ』だなあ」

呆れた苦笑いで新田くんは、

「せっかく羽田さんがおまえに『お話』をしてくれるんだぞ。感謝しろ」

「お、お、おれは、『お話』の中身が、気がかりで」

いきなり「お話があるの」って言っちゃったから、落ち着けなくなってるのかな。

わたしも悪い。

ごめんね……なんだけど、

「成清くん」

「は、ハイ」

「ちょっと深呼吸しよっか」

「!?!?」

「わたしが上手な深呼吸のやりかたを教えてあげるわ」

 

× × ×

 

公園の池のほとりを歩く。

 

「――実を言うと、さっきの深呼吸は、わたしのオリジナルじゃないの。アツマくんから教わったものなの」

「センパイの、彼氏さんから……」

「わたしの彼氏はなぜか、呼吸法にムダに詳しくって」

眼を細め、成清くんに視線を寄せる。

「あ、あ、あの」

うろたえまくりの後輩男子は、

「それで……いったいどんな『お話』なんすか。おれ、そろそろ教えてほしいっす」

「じゃあ、言いましょっか」

「お願いします……」

「ロックバンドのボーカルをやってくれないかしら」

えええええっ!?

おおー。

大絶叫。

こんなにビックリするのかー。

 

成清くんに『ソリッドオーシャン』のボーカルを依頼することになった経緯を、要領よく説明してあげる。

 

「あなたもバンド組んでたことあるんでしょ? 高校時代に」

「ありますが」

「だったら、バンドの要領は把握してるわよね」

「それは、まあ……」

「あなたが組んでたバンドの解散理由は、そーっとしておくとして」

「……」

「わたしはね、あなたの歌唱力を埋もれさせておくのは、ホントーにもったいないって思うのよ」

「……」

「ぶっちゃけ、悔しいの」

「く、くやしい??」

「わたしがカラオケで97点取る曲で、あなたは99点取ってくるでしょ?」

彼のほっぺたに赤みがさしてくる。

「つい最近、サークルの面子(メンツ)でカラオケに行ったでしょ」

「……行ったっすけど」

「やっぱり、強烈だった。あなたの歌の上手さは。勝てそうで勝てないんだもん、わたし」

「『悔しい』って、そういうことっすか」

「わかってくれた?」

笑いかけて、

「うれしい♫」

と楽しく言うわたし。

わたしの顔を上手く見ることができない成清くん。

幼いな~。

初心(ウブ)だ。

初心(ウブ)なんだ、成清くん。

と、いうことは――。

「ねぇ」

「……なんすか」

「『ソリッドオーシャン』の残りのメンバー、全員女の子だけど」

「……みたいっすね」

正気、保てそう? わたしはそこだけが心配」

「せ、せ、センパイ……。おれが加入する……前提で……!?」

「この『正気』は『理性』と言い換えてもいいわ」

 

唖然とする彼。

あはっ。

罪深いセンパイ女子になっちゃったなー、わたし。