夏休みに入っているけれど、スポーツ新聞部は休み無し。だから、顧問のわたしも今日も登校しているというわけである。
「ハイ、日高さん、活動教室のカギ」
活動教室の扉の前で部長の日高さんにカギを手渡しする。
「椛島(かばしま)先生も入りますか? 部活、見ますか?」
日高さんに訊かれたが、
「んー」
わたしは左人差し指を唇の下に当てて、迷っているようなフリをする。
日高さんは戸惑い顔に。
かわいい。
「日高さん。水谷さんは、遅れて部活に来るのよね?」
「……そうですが」
「じゃ、わたしそれまで待ってる」
「え……?」
× × ×
日高さんから水谷さんの到着予定時刻を訊いた。
いったん職員室に行き、コーヒーを飲んだりする。
到着予定時刻5分前になるとともに、自分の席から立ち上がる。
「さーてと」
独りごちたあとで、ふたたび活動教室の前へと。
× × ×
待ち構えたわたし。
待ち構えられた水谷さん。
わたしが待ち構えていたということに水谷さんが驚いている。
活動教室の扉から5メートルぐらい離れた位置に居る水谷さん。
彼女の前に近づくわたし。
「ど……どうしたんですか椛島先生、相談室に連れて行って『お説教』がしたい……とか!?」
「違うわ。お説教じゃない。そこは安心して」
と、いったん落ち着かせてから、
「相談室に連れて行きたいのは、ビンゴ」
× × ×
「2つあなたと話したいことがあるのよ」
と前置き。
相談室に入ってから、水谷さんは俯き通し。
かわいい。
「まず――あなたの引退時期について、なんだけど」
ピクン、と彼女が反応する。
かわいい。
「学業優先したいってことで、夏休みが終わると同時に、部を辞める。――そういうことだったわよね」
「はい。」
小声でお返事の彼女。
かわいい……。
が、教師かつ顧問として、わたしは姿勢を正し、
「虚無、って分かる? ――水谷さん」
「きょむ、ですか??」
「そ。あなたは現代文の成績も悪くないし、校内スポーツ新聞であれだけ文章が書けるんだし、『虚無』の意味も分かるわよね」
「それが……どうしたんですか」
「わたし、気がかりなのよ。あなたが部活を早期に引退したら、あなたに『虚無』がやって来るんじゃないかって。虚脱感、って言ってもいいかしら。虚しくて、チカラが抜けて。あなたのスポーツ新聞部での日々が終わってしまうと、そういうふうになっちゃうんじゃないかなー、って」
水谷さんは無言。
「受験の手前で、虚無感に襲われるって、マズくないかな?」
困った顔になる彼女。
その困り顔が、悩み始めた顔になっていく。
5分間近く、丸い壁時計のチクタク、チクタクという音だけが室内に響いていた。
「……先生。」
「なぁに」
「話したいことは、もう1つあるんですよね」
「あるわよ」
「わたし、わたし……もう1つ先生が話したいこと、早く知りたくて」
確かに、ね。
分かる。
そのお気持ちは。
「じゃあ言っちゃうわよ」
「……お願いします」
「――会津くんとギクシャクしてるのよね?」
彼女の眼が大きく見開かれた。
「まず、引退の件で日高さんとギクシャクした。日高さんとのギクシャクは元通りになったけど、入れ替わるように会津くんとギクシャクとなって」
「どうしてわかるんですか……先生」
「わたしだって女の子だしね♫」
「!?」
「それとね、教師として顧問として、あなたという子を3年間見てきてるんだもの。様子が変だったら、気付いてあげられるし、ヘルプしてあげたいって思うし」
……ほほぉ。
ほほほぉ。
水谷さんのほっぺた……染まり始めてるじゃないの。