とある目撃談を耳にした。
英語の二宮先生(通称:「ニノ先生」)と、あたしたちの顧問の椛島先生が、グラウンドの上の石段で、並んで座って話し込んでいた…というのである。
二宮先生…ニノ先生は、椛島先生より年上。
そして、独身男性。
なかなか結婚できない30代男性教師と、うら若き女性教師の組み合わせ……か。
ニノ先生と、椛島先生でしょ?
――スキャンダル、というよりは、微笑ましいというか、なんというか……。
面白い組み合わせだよね。
× × ×
「つきあってる……なんて、早合点(はやがてん)か」
あたしが言うと、
「まだなんにも確定したわけじゃないしねえ」
とソラちゃんが。
「色恋沙汰(いろこいざた)にして盛り上がっちゃうのも、どうなんだろ」
「色恋沙汰、か……。たしかに、ソラちゃんの言う通り、騒ぎ立てないほうがいいのかも」
「わたしは、そっとしておいたほうがいいと思うな」
あたしは出入り口扉を見ながら、
「椛島先生が、この活動教室にやって来ても――触(ふ)れないほうが、良さそうかな」
と言う。
言いつつも、
「――でも、気になるよね」
と、思わずホンネをこぼしてしまう。
「あたし、気になっちゃうのを、押しとどめられない」
ソラちゃんは苦笑し、
「ニヤけ顔もほどほどにね、ヒナちゃん」と。
「わかってるよ」
とあたし。
だけど、やっぱり気になるし、面白い…。
「椛島先生はきょうは来られないそうですよ」
あたしとソラちゃんに近づいてきて、なつきちゃんが告げた。
「現代文の授業が終わったあとで、わたしに先生が直接伝えてきて」
へー。
「報告ありがとう、なつきちゃん」
そう言ったあとで、あたしは、背の高いなつきちゃんをジックリと見上げて、
「……なつきちゃんは、どうなの?」
「え、え?? ……どうなの、って、なにが」
「『わたし気になります状態』、なんじゃないの??」
「……?」
「なつきちゃんもニブイねー」
「……ひょっとして、椛島先生と二宮先生の目撃談のこと……ですか」
「それ以外ないよねぇ」
あたしはソラちゃんに向かい、
「そっとしておくのがいい、って流れになりかけてたけどさ。
椛島先生不在、ってことは。
思う存分に、この件の話ができる、ってことであって――」
「――どうしたいの? ヒナちゃんは」
「えー、もうわかってるんでしょー?? ソラちゃん」
「――バレたか。」
微笑み合う、あたしとソラちゃん。
好奇心旺盛な証(あかし)。
…だけど、
「おーいそこの2年女子コンビ、無駄話をあんまり引っ張るんじゃないぞー」
と、教卓の前に立っていた加賀部長から、注意されてしまう。
あたしたちが調子に乗り過ぎたのが、いけなかったみたい。
加賀部長の教卓に近づいて、あたしは、
「ごめんなさい部長。ここ、スポーツ新聞部でしたよね」
と謝る。
「そうだぞ、日高」
「すみませんでした。先生同士のゴシップを載っけるわけじゃ、ないんですもんね」
「そんなことしたら、廃部になっちまうぞ」
「ですよね~」
ところで。
「ところで。目撃談といえば、もうひとつあって――」
「は?」
キョトンとする加賀部長、だったのだが、
「――これ、部長に関する、目撃談なんですけど。
あたしですね。
部長が、椛島先生に、ガミガミ怒られてるのを――見ちゃって」
途端にうろたえていく加賀部長。
口元が、まさに「うろたえ」っていう感じだ。
彼は焦るような声で、
「それは……いつ見たってんだ、日高」
と迫るが、
「いつでしたっけね~~??」
と、あたしは勝手にしらばっくれて、
「そんなことよりも!!」
と言うやいなや、間近の机に置いてあったバッグから、「あるもの」を取り出そうとする。
「あるもの」とは、某クッキーの青い箱。
箱を掲げて、あたしは、
「ジャーン!! この箱、眼に入ってますよね!? 部長」
「…オレオ、だよな」
「そーです。オレオです。ナビスコが発売してる美味しいサンドクッキーです」
「お、おう」
「これを食べて、それから部活を頑張りませんか!?」
ノリノリなあたし。
……しかし、後方から、悪魔のような声が。
「おいおい日高、水曜日は、お菓子禁止デーじゃなかったのか??」
……悪魔のような声の主は。
それまで、ひとことも喋っていなかった……会津くんだった。