「なつき先輩」
「なあに? オンちゃん」
「先代部長の、加賀さんのことなんですけど」
「加賀先輩がどうかしたの?」
「あの……加賀さん、現在(いま)はどうされてるんでしょうか」
あー。
さすがに知らないよね、新入部員のオンちゃんは。
「も、もしかして、訊くのマズかったでしょうか!?」
狼狽(うろた)え気味のオンちゃん。
そんな彼女に、
「マズくなんかないよ」
と言い、
「彼は、大学入試にチャレンジして」
と言い、
「でも、健闘むなしく、完全失敗しちゃったの」
と言う。
「完全失敗っていうと、つまり――」
オンちゃんのコトバを先取りして、
「浪人。チャレンジ1年生が、チャレンジ2年生になっちゃった」
とわたし。
加賀先輩の実情をお話ししてから、窓辺に向かい、外の樹の幹を見ながら、
「受験に取り掛かるのが、さすがに遅すぎたから、チャレンジ2年生になっちゃったのかな」
と言う。
後ろからオンちゃんが、
「なつき先輩は、加賀さんに厳しいんですね」
と言うけれど、
「厳しくなんかないよ」
と首を振って、
「加賀先輩は、いい人だった。いい部長だった」
と言いつつ、空の雲を見上げてみる。
見上げてから、視線を元に戻し、
「わたし、彼になぐさめられたこと、あるんだ……」
と打ち明ける。
窓ガラスにわたしの苦笑いが映る。
× × ×
なぐさめられエピソードを聴いたオンちゃんが、
「いい話ですね。ココロが温まるような」
と言ってくる。
「でしょ?」
窓から振り向いて、わたしはオンちゃんに笑いかける。
ドアが開く音がした。
顧問の椛島澄(かばしま すみ)先生が入ってきたのだ。
「こんにちは。ご苦労さまです、椛島先生」
挨拶するわたしに、先生は、
「今年度は加賀くんみたいな生徒がいないから、苦労も軽くなってきてるけどね」
「えーっ。加賀先輩、そんなに問題児だったって認識なんですか!?」とわたし。
「問題児だったわよー。今でも忘れられないぐらいに」と先生。
「この部活の部長は、ちゃんと務めてたじゃないですか」とわたしは苦笑い。
「どこまでちゃんとしてたかどうかは、未確定だけどね」と先生も苦笑い。
活動教室を見渡してから、
「現在(いま)の時間は、本宮(もとみや)さんと貝沢(かいざわ)さんだけ、居残りなのね」
と、わたしとオンちゃんのほうを向いて言う先生。
「3年生の方々はボート部の取材に向かわれてます」とオンちゃん。
「そうなのね、貝沢さん」と先生はオンちゃんに。
「ハイ。ボート部に行ってるので、もうしばらく帰ってこないと思います」とオンちゃんは先生に。
すると先生は、大人(オトナ)なスマイルで、
「そうかー」
と言って、オンちゃんを見つめて、
「じゃあ、ヒマよね」
と言って、
「せっかくヒマなことだし、貝沢さんに、学校生活のことについて訊いてみようかしら」
と言って、それから、
「入学して、何日か経ったけど。気になる男の子は、もうデキたのかしら??」
せ、先生っ。
それは、さすがに、火力(かりょく)が強すぎる、発言では!?