【愛の◯◯】とある現代文教師の失敗

 

わたし椛島澄(かばしま すみ)。

とある高等学校の国語教師。

実家ぐらし。

年齢その他、デリケートなプロフィールは秘密。

出身大学は…過去ログを読んでください。

 

× × ×

 

学生時代は演劇に打ち込んでいて、教師になっても演劇部の顧問を熱望していたのだが、なぜか『スポーツ新聞部』という日本にひとつしかないような部活動の顧問を任されてしまった。

 

与えられた仕事を全うするのみ…の精神で、部活の子たちと向き合っている。

実のところ、この部活の顧問も楽しくなってきちゃったのよね。

いろんな人間模様が垣間見えるし。

ふふ……。

 

 

現在の部長は加賀真裕(かが まさひろ)くんという3年生の男の子。

入部した頃は、部活動に消極的だったり、上級生に生意気な態度をとったりしていたものだけど、1学年上だった戸部あすかさんの教育の甲斐もあって、ずいぶんオトナになった感じがする。

もっと成長して――部長にふさわしい働きぶりをわたしに見せてほしいものだな。

 

――実は。

実はわたし、大学時代に加賀くんと面識があったりする。

 

「詳しくは、文字数の都合で、先送りだけどね」

 

思わず、つぶやいてしまった。

 

ここは活動教室。

生徒用の席に座って、教壇の前に立っている加賀くんと向かい合いになっている。

 

わたしの不用意なつぶやきに反応して、

「――突然なに言い出すんだ、先生? なんのこっちゃだぜ」

と疑りの表情を見せる加賀くん。

 

もうっ。

 

「加賀くん。――敬語」

教師としての務めを果たすべく――わたしは注意する。

 

「……すみません」

 

よしよし。

「すみません」って言えたね。

よくできました。

 

「――想い出していたのよ、学生時代のことを」

両手で頬杖をつきながら言うわたし。

「…なぜに?」

と加賀くん。

「想い出してた――若かったな、体力有り余ってたな、って」

「……先生、今だって、ぜんぜん若いじゃんかよ」

「コラ。敬語」

「……すみません」

「でも、嬉しい。若いって言ってくれて」

「……」

 

…初心(ウブ)なんだから。

 

 

…教師の務めを忘却しかかっていたところに、

椛島先生」

と、1年生の本宮(もとみや)なつきさんが呼びかけてきた。

近づいてくる本宮さん。

わたしは彼女を見上げる。

高いな―っ、身長。

加賀くんより高いんだもんねえ。

ほんのちょっぴり羨ましいかも、本宮さんの長身……。

じゃなくってっ。

 

「どうしたの? 本宮さん」

「あの、部活動のことと関係はないんですけど……」

「?」

「…わたし、中間テストで、現代文で、思うように点が取れなくて」

「あー、難しかったのか」

椛島先生が…問題を作られたんですか?」

 

…知りたい気持ちはわかるけど、わたしはニッコリと笑いかけるだけ。

 

「す…すみません。そういうことは訊いちゃいけないんですね。今後気をつけます」

 

よしよし。

 

「――本宮さんは、どうやったら現代文の成績が伸びるか、わたしに助けを求めたいんでしょ?」

「はい……困ってるんです」

「うむ」

「中学までは、国語、得意だったんです。じぶんで言うのもですけど」

「高校に入って、いきなりつまずいちゃったって感じかー」

「つまずいちゃったんです。現代文の教科書の文章、一気に難しくなった感じがして」

「評論文のことよね?」

「そうです。――テストの問題も、格段にレベルが上がった感じで」

「あるあるだね~、それは」

「……現代文の成績は、落としたくないんです」

「どーして??」

弱った顔で彼女は、

「校内スポーツ新聞を作るのって……文章力がモノを言うでしょう? 文章力って、国語力ですよね? 現代文の成績が悪いと、わたし……足手まといになっちゃう気がして……」

「不安なんだ」

「…不安です。」

 

わたしは優しく、

「だいじょうぶよ。本宮さん」

と元気づける。

「現代文の成績が悪くても、スポーツ新聞部の足を引っ張るとは限らないわ」

ここで、加賀くんの顔を見やり、

「現に……今の部長は、現代文の成績、壊滅的なままなんだし、ね」

と、本宮さんを勇気づける。

 

「それはおれの悪口ですか……? 先生」

「違うわよ加賀くん」

「え」

「あなたは――スポーツ新聞部の足を引っ張ってないでしょう?」

「……良くわからん」

「敬語」

「よ……良くわかりません」

「ふふっ」

「…笑顔は万能じゃないと思うんですけど。先生」

 

「あのっ…」

本宮さんはいまだ弱い顔。

椛島先生は……高校時代……現代文、お得意でしたか??」

 

あーーっ。

とうとう来ちゃったか~、その質問。

 

「本宮さんとおんなじでね」

「――えっ」

「高校に入って、つまずいちゃったのよ」

焦り気味に、

「つ、つまずいちゃってから、持ち直した、とかでは!?」

と訊いてくる本宮さん。

「うん。あなたの言う通り、持ち直した。高3の頃には、模試で上位の成績を取るようにもなって」

 

ホッとした顔の本宮さん。

 

……心苦しい、けれど、

「でも、本番のセンター試験で、しくじっちゃったのよね~

 

いったんホッとした本宮さんの顔が……にわかに青くなる。

 

ごめんね。

本宮さんにわたしの失敗を晒すのは――酷だったか、まだ。