【愛の◯◯】度を越す顧問

 

取材が終わって、活動教室に戻ろうとしていた。

そしたらば、向こうから、顧問の椛島先生らしき女性(ひと)が歩いてくるのが、眼に留まった。

あちらも、ボクに気づいたらしい。足を速めて接近してくる。

 

会津くんじゃないの」

「こんにちは、椛島先生」

「はい、こんにちは」

椛島先生は、ボクをまっすぐに見て、

「活動教室に戻るところなの?」

と訊く。

「そうです」

と答えるも、

「…戻るのは、ちょっと待とうよ」

と先生に引き留められてしまう。

謎の微笑。

「わたし、さいきん、会津くんとしゃべる機会が少なかったから」

「……から?」

「面談よ」

「面談って、なんですか」

なんでもいいでしょ

 

……困ります。

 

× × ×

 

ラグビー部の練習風景が見える石段に座る。

ところが、ラグビー部そっちのけといった感じで、先生は、

「あすかさんが抜けたけど、本宮さんが入部したから、女子は引き続き3人ね」

「……ハイ」

「嬉しいんじゃないの!? 女子が3人も居ると」

「それは……どうでしょうか」

スカートの上に手を組んで、

「――本宮さんは、中学までバレーボール部だったんだってね」

と先生が言う。

いろいろ訊かれそうだ……と身構え始めていると、

「どうして、バレーボールを高校でも続けなかったのかな?」

と鋭い疑問を投げかけられる。

「わかりません。…ブラックボックスというんでしょうか」

正直に答えるボク。

「面白いたとえね」

「本宮の、そういう部分に触れてしまうのは、かさぶたを擦(こす)りつけるようなものだと思っていて」

「……優しいじゃないの」

余裕の感じられる先生の笑み。

少し動揺。

「きっと……体育会系特有の不都合さのせい、なのではないかと」

彼女から視線を逸らしつつ、じぶんの見解を言う。

「あー、それは、わかるかも。バレーボールに限った話じゃないけれど、スポーツに特有の不都合さって、あるものよね。本宮さんはきっと、そういう不都合さを抱え込んじゃったんだ」

「断定はできませんよ。推測の域です」

「わたしは、たぶんそうだと思うよ?」

「でも、明白な根拠は……」

「現代文教えてる人間の想像力、なめないでよー」

「現代文という科目に要求されるのは……読解力では?」

「想像力も必要よ」

 

ラグビー部の練習が激しさを増していく。

激しい練習のさなかで巻き起こる喧騒(けんそう)も、意に介することはなく、

「――次は、日高さんのこと、訊きたいな」

と、話の対象となる女子を、切り換えてくる。

「日高のことをボクに訊いてどうするんですか…」

「学年が同じだから」

「たしかに、ボク・日高・水谷で、2年生トリオですけど…」

「ふふん♫」

「せ、先生」

「日高さんと1年間活動してきての印象は?」

直球すぎる。

「知りたいのよ。影の薄い顧問で、終わりたくないの」

「……影を濃くするための方法が、日高の印象をボクから訊き出すことなんですか。因果関係がわからないのですが」

「あーら」

「……」

「反抗期?」

 

体温が上がってしまう感覚。

先生から眼を背けて、グラウンドのなにもないところに向かって、

「とにかくうるさい女子です、日高は。うるさすぎるの一言です」

と捨て鉢に言う……。

 

「うるさいって――具体的には?」

「それは……その、」

「具体例を示して簡潔に答えよ」

 

× × ×

 

座り続けて、腰が疲れる。

非情にも、椛島先生は、ボクを解放してくれそうにもない。

 

「設題その3」

設題……??

「これは水谷さんに関する設題である」

日高の次は、水谷…。

約束された順番。

「あなた自身の、水谷さんに対する『ライバル意識』について、これまでの経験に即して、明快に説明せよ」

「ライバル意識……って」

「あるでしょ? ライバル意識」

「過剰に張り合ってるわけでは……」

ごまかせないよ

ええっ……。

「競い合うっていいわよね。高め合うっていいわよね」

ひとりだけで納得し、それから、

「ホラ。説明してちょうだいよ。会津くん」

「……無茶振りを超越してませんか??」

してるよ

 

これは……。

椛島先生史上最大の、面倒くささだ……。

間違いなく。