サークル部屋に入室。
左側の席に、大井町侑(おおいまち ゆう)さんが座っている。
彼女ひとりだったか。
「あら脇本くん」
「や、やあ、大井町さん」
「? ――緊張でも、しているの?」
部屋に彼女ひとりだけだったから、彼女の威圧感が強まっていた。
その威圧感に負けて、しどろもどろな挨拶になってしまった…というわけだ。
同学年女子の大井町さん。
羽田愛さんに負けず劣らずの、眉目秀麗である。
ただ…性格は、少々キツめ。
人当たりが強い…というのだろう。
欲言えば、愛嬌が欲しいんだけどな。
とにもかくにも、入り口ドアに間近の席に着席する。
斜め左前方の大井町さんのテーブルには、中身のない菓子パンの袋と紙パックコーヒー牛乳と野菜ジュース。
お昼を食べていたんだな。
大井町さんはハードカバーの本を読んでいる。
僕のほうは、なにをするでもなく、スマホをポチポチしながら時間を潰す。
学内Wi-Fiの回線、弱くないか……? と、若干不満を感じていたら、後方のドアが開く音がした。
羽田愛さんが入ってきたのだ。
「脇本くん」
「ん……」
「来たわよ」
「よ、ようこそ」
僕との短いやり取りのあとで、右側の席に向かっていく羽田さん。
大井町さんと、向かい合う。
対峙(たいじ)、ということばが、当てはまりそうな雰囲気に……。
女子ふたりの対立を、第三者として眺めるような立場。
そんな立場に、ならざるを得ない、流れ。
羽田さんと大井町さんは、仲が良いわけではない。
しかも、2022年に入って、ギスギスした感じが、倍増しになっているような印象だ。
ケンカするのも、ほどほどに。
偽らざる、僕の本音。
女子同士のバトルを見届けるのは……精神がすり減るよ。
…さて。
椅子に腰掛けるやいなや、羽田さんは、右腕で頬杖をつく。
考えごとか…?
羽田さんが頬杖をつくやいなや、
「――わたしを見ているの?」
と、大井町さんが、言った。
視線がぶつかる。
「べ・つ・に」
攻撃性をはらんだ口調で、羽田さんは否定する。
ムッとし始めた様子の、大井町さん。
ハードカバーを閉じ、テーブルに置く。
それから、
「あなたのせいで、本を読む気がなくなっちゃったわ」
と、応戦……。
「いいんじゃないのー? 読む気がなくなったのなら、無理して読み続ける必要なんてないじゃない」
と言ってから、
「でも、それをわたしのせいにするのは、どうなのかしらね」
と…カウンターパンチ。
僕の身体が固まる。
「……羽田さん。だいたい、なにをしに来たのよ、あなた。わたしを挑発するのが目的で来たんじゃないでしょうね?」
「そんなバカみたいな目的、あるわけないでしょ」
「じゃあなに? 油売り!? 立ち止まっているヒマなんてあるの!? あなた」
「立ち止まるってなによ。唐突ね」
「やるべきことが山ほどあるでしょう、ってことよ」
「…具体的に挙げてよ」
険しい眼で、少しだけ押し黙ったあとで、
「例えば――あなた自身の、生活」
と大井町さんがことばを投げつける。
「まだ、具体性がないわね」
反発の羽田さんに、
「……ひとり暮らしのことを、言っているのよ」
と、ムキになって、大井町さんは抵抗。
痛いところを突かれた……という表情を、羽田さんが浮かべる。
しかし、持ち直して、
「わたしのひとり暮らしに、問題なんてないから」
と強気に言う。
「ほんとうなのかしら」と大井町さん。
「ほんとうよ! ひとり暮らしでやるべきことは、ちゃんとやってるわよ」
「……声が上ずっていない?」と、大井町さんは手を緩めない。
「余計な指摘、ご苦労さま」と、羽田さんが突っぱねる。
「それはどうも」
と言ってから、攻撃的な微笑みで、
「羽田さんに訊きたいことがあるわ」
と、揺すりをかける。
「なによ」
「あなた――この1週間で、何回、自炊をした?」
とたんに羽田さんが、凍ったように固まった。
返事が、できない。
「あら。…自炊をした回数ぐらい、数えられるでしょ。あなた、かしこいんだから。
それとも、
数えられるけれど、恥ずかしくて言えないぐらい……少ない回数だったとか?」
× × ×
その後、15分間――、
サークル部屋の時間は、止まっていた。