【愛の◯◯】「ケンカも甘酸っぱい」と言ってくれて

 

土曜日の夏祭りで花火を観たばかりだけど、また観るコトになった。某都心某飲食店の席をあすかちゃんが予約してくれた。夜空に揚がる花火がよく見える特等席みたいな席だ。アルバイトの稼ぎが良かったそうな。だから、特等席みたいな席の予約をゲットできたという。

お料理は美味しかった。箸で食べる洋食といった趣。わたしだったら、グラタンのホワイトソースだとか、より美味しくできる……って思っちゃったけど、言う必要のない『お気持ち』よね。

食後のコーヒーを飲みながら、あすかちゃんの近況報告を聴いた。昨日、利比古と少しギクシャクしてしまったらしい。『まあそんな時もあるわよ』と慰めた。慰めた瞬間に嬉し恥ずかしの表情になったあすかちゃんであった。

 

さて現在わたしは2杯目の食後コーヒーを飲んでいるところである。まだ夜は短く、花火が打ち上がるまでには時間がありそうだった。

わたしはあすかちゃんにこういう質問をした。

「最近どんな音楽を聴いているの?」

「音楽ですかー? やっぱりロックですねえ。とりわけJ-ROCKですねえ」

「どんなバンドを?」

「当ててみてくださいよ、おねーさん」

「ヒントを出して。おおよその年代とか」

「今も活動してますけど、わたしが集中的に聴いてるのは2000年代前半の時期の曲」

それって、もしかしたら。

わたしは、

「――ACIDMAN?」

と具体的なバンド名を出した。

そしたら、

「大正解です!! なんで解るんですか!? 凄いですね、流石おねーさんだ!! そうなんですよ、初期のACIDMAN聴いてるんです」

「楽曲だと、『赤橙(せきとう)』とか?」

「そうそうそう!! 『赤橙』とかですよ、まさに」

わたしは眼の前のあすかちゃんにニッコリと笑いかけた。ナチュラルな笑顔を彼女に見せられたと思う。わたしの笑みを見て、彼女も嬉しそうにスマイルのお返しをしてくれる。飲んでいるコーヒーが5倍美味しくなる。

 

× × ×

 

だいぶ空が暗くなってきて、花火の気配が兆し始める。空(から)になったコーヒーカップの横に両肘を突いて、顔の前で手指を組む。

そっかぁ。今のあすかちゃんのブームは、ACIDMANか。

お邸(やしき)時代、あすかちゃんにACIDMANの曲をよくピアノで弾いてあげていた時期があった。わたしも彼女も中学生だったと思うから、お邸時代の最初期だ。あすかちゃんの中でACIDMANが大ブームで、わたしに『弾いてほしい』と盛んにリクエストしていたと思う。例えば「赤橙」とか、もしかすると、わたしやあすかちゃんが産まれる前の楽曲。でも、あすかちゃんは、自身が産まれた時期のJ-ROCKにこだわりがあって、彼女ほどでは無いけど、わたしも、2000年代前半のJ-ROCKは好きだ。わたしは喜んで初期のACIDMANを弾いてあげていた。

――そういえば。

わたしはあすかちゃんにACIDMANメドレーを弾いてあげたコトがある。

謝罪の意味も込めて……の、メドレー演奏だった。

謝罪、とは。

わたしが高1、彼女が中3だった時。わたしと彼女は、初めてケンカをしてしまった。その仲直りの直後に、ゴメンナサイの意味も込めて、ACIDMANメドレーを弾いたのであった。

ケンカのキッカケはとっても些細な行き違いだった。コトバにするのも恥ずかしい理由で、わたしがあすかちゃんにキレてしまった。罵詈雑言(ばりぞうごん)を浴びせて、自分の部屋に引きこもり、あすかちゃんを遠ざけた。もう高校生だったのに、お姉さん格であるはずのわたしの方が、信じられないぐらいコドモだった。

程なくして元通りになれた。……けれども、ケンカは、たった1回きり、というワケには行かなくて。

花火の打ち上がり時刻が迫っているのか、周りがザワつき始めている。

そんな中で、わたし1人だけが、センチメンタルにも、コドモじみ過ぎていた過去の◯◯を想い返すのに執着している。

想い返しに想い返しを重ねた結果、

「わたしとあすかちゃんって、これまでに何回、ケンカしたっけ……?」

というコトバが、口の中から溢れてきた。

あすかちゃんは驚く。唐突にこんなコトを訊かれたら、驚かない方がおかしいだろう。窓際を見つめて花火を待っていたのに、わたしに向き直らせてしまった。眼を大きめに開けてわたしを見てくる。

「なんで、そんなコトを……? おねーさん」

「……憶えてないか。」

「おねーさん……。」

「ケンカの実績が通算何回か、だなんて、こんなにバカらしい話も、なかなか無いわよね。」

ひゅ〜っ、という音がする。

不用意な問いを投げてしまったわたし。戸惑いが兆すあすかちゃん。

ふたりを、揚花火(あげはなび)が照らした。

色とりどりの花火が揚がる。緑色の花火を横目に見て、鮮やかだな、綺麗だな、と思う。

しばらく何も言わず、特等席の窓辺を眺め、花火に身も心も傾けていく。

「……おねーさん?」

あすかちゃんの声が聞こえた。彼女の顔を見てあげるしかない。花火の観賞をいったんやめる。

戸惑いというよりも、むしろ照れ笑い。くすぐったいけど、なんだか心地良さみたいな感情も芽生えてきてる……。あすかちゃんの表情から、読み取る。

「あのね、おねーさん」

可愛く、照れくさそうに、

「ケンカしたコトも、良い思い出だって……。今では、そう思えるようになってるの。何回ケンカしたのかなんて思い出せないけど、ケンカから仲直りできた時を想い起こしてみると、全部甘酸っぱい」

そっか……。

甘酸っぱい、か……。

「ありがとう、あすかちゃん」

そう感謝して、それから、

「昔のコト、そんなふうに、良かった過去として思い返してくれて、心から嬉しいわ」

照れ笑いを持続させたあすかちゃんが、コクリ、とうなずいた。

花火のきらめきと轟音は、未だ止まない。

8月終わりの、とっても素敵で、とっても幸せな時間。