今日はあすかちゃんの誕生日だ。
昼過ぎ。あすかちゃんのバースデーを祝うためにお邸(やしき)にやって来た。
今は、彼女に、バースデープレゼントを渡したところだ。
わたしからのプレゼントを受け取った彼女はわたしの真向かいのソファに座っている。
そして、わたしから見て右斜め前には羽田センパイ。左斜め前は現在は空席。
「ほのかちゃん、プレゼント大切にするね」
あすかちゃんがそう言ってくれた。
嬉しさに浸りたかったわたし、なんだけど、向こうからやって来る男のヒトに気が付いてしまう。
あすかちゃんのお兄さんたるアツマさんである。
アツマさんは、丸形のトレーを持ってやって来た。トレーに置かれたカップから湯気が立ち昇っている。
彼は、わたしたちにコーヒーを配っていく。
わたしの手前にコーヒーカップを置くのとほとんど同時に、
「今日のコーヒーは今までで1番の自信作なんだ。川又さん、きみも堪能してくれ」
と言ってくる。
自惚(うぬぼ)れているように言ってきた。
しかもドヤ顔で言ってきた。
「それではいただきます」
アツマさんに視線を当てずにコーヒーカップを口に持っていく。
確かに美味しい。
けど、
「この程度で、アツマさんは自分に満足するんですか? 自己満足ですか!?」
「手厳しいね」とアツマさん。
「実家が喫茶店なので」とわたし。
「川又さんはサラブレッドなんだな」
ふんっ。
「にしても、『自己満足』か」
左斜め前のソファにドカッ、と座ったアツマさんは、
「どうせなら、『究極の自己満足』を目指してみようかなあ」
と、間の抜けたような表情で。
あのねぇ……。
今日は自分の妹さんのバースデーだっていうのに、そんな態度で良いワケが無い。
わたしは完全に『アツマさん攻撃モード』に入って、
「アツマさんって、幾つになっても、ちゃんとあすかちゃんの『お兄さん』を出来なさそう」
「お、言ってくれるね、川又さん」
なんですかそれ。
叱られてるっていう自覚が無いの!?
「言えてる言えてる、ほのかちゃん!! 兄貴って、ここ10年ぐらい、ずーーーっとだらしないの!!」
あすかちゃんはバースデースマイルでお兄さんのアツマさんを見据えて、
「『究極の自己満足』だとか、ムリだね。今のままだと」
言えてる〜。
あすかちゃんは、さすがだな。
「あすかぁ〜、攻撃的過ぎるんじゃないのか〜〜」
……で、お兄さんの方は、いったい何なのかな。ケーハクな態度を持続させて……。
「わたしのバースデーだから敢えてこーゆーコト言うんだよ。わかる?? 愚かなお兄ちゃん」
「こらこら。妹よ。『愚かなお兄ちゃん』なんて言うんじゃない。『愚かな』を取って、フツーに『お兄ちゃん』と呼びなさい」
なんですかそれはアツマさん!?
ほんとーに、なんなんですか!?
おこりますよ!?
わたしに殺伐とした目線を突き刺されても良いの!?
どうなっても知りませんよ!?
× × ×
アツマさんが消えていった。
彼のお腹に『ほのかちゃんパンチ』できなかったのが悔しかった。
アツマさんと入れ替わりにやって来たのは利比古くんだった。
利比古くんだったらアツマさんよりも『安心』だ。
彼は早速、わたしたちにプリンを提供してくれる。
もちろん高級なプリンである。成◯石井みたいな高級なお店にもなかなか置いていないような。
「利比古くん、高級プリン、ありがとう」
5・7・5みたいなリズムで言ったのはあすかちゃんだ。
「でも遅刻だよ。ルーズだよねえ」
短歌の下の句みたいなリズムが付け加わって5・7・5・7・7みたいになる。
「ルーズですみません、あすかさん」
左斜め前のソファに腰掛けて、
「部屋で、ウィキペディアを読みふけっていたら、つい時間が……」
やっぱり。お決まりパターン。
「いいんだよ、利比古くん。むしろ遅れて来てくれて良かったかも」
わたしは彼の肩を持ちたくて、
「さっきまでアツマさんが居たんだよ。利比古くんと同じところに座ってて。利比古くんもその場に居たら、アツマさん、利比古くんにまで変なイジり方してたかもしれない」
「えーっ。アツマさんは、ぼくのコトをイジったりなんかしませんよー」
どうしてそんなにリスペクトしてるの。
「ねえ、あすかちゃんに、バースデーのプレゼントを贈らないの? 利比古くんがプレゼントを贈れば、アツマさんに勝てるんだよ!?」
「なぜそんなに『勝負』に持ち込みたいんですか」
利比古くんは楽しそうな苦笑いで、
「アツマさんのコトになるとムキになるんですねえ」
む、ムキにもなるよ。
お腹に『ほのかちゃんパンチ』できなくって悔しかったし。
ここで、わたしの真向かいソファのあすかちゃんが、
「としひこくーーん。ほのかちゃんを怒らせちゃうのは、ペナルティだゾ〜〜」
と、微笑みつつ。
利比古くんは、あすかちゃんの方を向いて、
「ペナルティ? イエローカード2つ出たら退場みたいな?」
「違うよ違うよ利比古くん」
「違うのなら、いったい……」
ジトーーーッ、とあすかちゃんは彼のハンサムフェイスに眼を凝らし、
「ペナルティは、読書」
「はい??」
「ウィキペディアを読む時間を少し減らして、本を読みなさい」
あー。
「それ、いいね。あすかちゃん」
「いいでしょいいでしょ、ほのかちゃん」
そう言ってから、高級プリンの蓋を開けつつあすかちゃんは、
「オススメの文庫本を彼に紹介してみるのとかどうかな?」
「わたしが推薦図書を決めるってコト?」
「そーだよ。ほのかちゃん文学少女なんだし」
わたしの右斜め前で何故か沈黙を保ち続けてる羽田センパイの方が、より一層文学少女なんだけどな。
わたしに推薦図書を決めてほしいキモチは、理解できる。
だけど。
わたしは敢えて、真正面のあすかちゃんに切り返してみたかった。
「あすかちゃんが決めたらどうかな? 推薦図書は」
「え、わたし??」
少しだけ戸惑う真正面の彼女。
わたしは、プリンのためのスプーンを手に取り、
「だってさ。あすかちゃんは利比古くんと邸(ここ)で一緒に暮らしてるワケじゃん? 長年共同生活してるのなら、彼が好みそうな本も、よーくわかるんじゃないのかな」
そう切り返したあとで、スプーンでプリンを掬(すく)おうとした。
だけど、スプーンを持つわたしの手は、停まってしまった。
なぜか。
仄(ほの)かに赤くなるあすかちゃんのほっぺたが眼に入ってきてしまったからだ。
あすかちゃんは、ポリポリとほっぺたを搔(か)く仕草。
それは……恥ずかしさの表れ?
でも、でも……どうして、そんなに……。
「……どうしちゃったの? あすかちゃん。」
わたしは訊く。
彼女は答えてくれない。
わたしに動揺がやって来る。
彼女のほっぺたの仄かな赤みは消えない。
彼女は利比古くんに視線を寄せた。
利比古くんは彼女に視線を寄せ返した。
まるで、無言なのに、『通じ合ってる』みたいだった。
どうしたってゆーの!?
あすかちゃんも利比古くんも、わたしの言ったことが引き金になったみたいに、様子が変わって……。
ヘルプを求めるように、右斜め前のソファの羽田センパイに顔を向けた。
でも、超美人なニコニコフェイスで、あすかちゃんや利比古くんの様子を温かく眺めて、わたしにはなんにも言ってくれなくて……!!