打撃練習。
バッティングピッチャー役は、わたし。
バッターボックスには、脇本くん。
第1球。
見事に――、
脇本くんのバットが空を切る。
ついでに、球が速すぎたのか、キャッチャー役の久保山幹事長が捕球できず、ボールが後ろにどんどん転がっていく。
ワイルドピッチになっちゃった。
第2球。
久保山幹事長が捕球できるように、球速を調節してみる。
――またもや空を切る、脇本くんのバット。
こんどは、幹事長のミットに、ボールがおさまった。
そして脇本くんを、2ストライクと追い込んだ。
第3球。
脇本くんが打てるように、コントロールに気をつけてみる。
過去2回の空振りを踏まえ、彼がもっとも打ちやすそうなゾーンを考え、そこを狙って投球する。
球速は、第2球と同じくらい。
脇本くんにとっての、絶好球だったはずだが――、
絶好球は、すっぽりと、幹事長のミットに吸い込まれていった。
三振を奪ってしまった……。
フルスイングの反動で、脇本くんが派手にズッコケる。
大丈夫かしら……。
「ワッキー、なんだそのへっぴり腰は!!!」
わたしの近くにいた郡司センパイが野次を飛ばす。
ズッコケたあと、立ち上がれないまま、バッターボックスでうなだれている脇本くん。
「ブザマな姿を見せるな。立て!! ワッキー」
「あっあの、郡司センパイ、脇本くんを責めないでやってください」
「…羽田は優しいんだな。『ワッキー』って呼ばずに『脇本くん』って呼んであげてるし」
「郡司センパイは…厳しいんですね」
「とくに、第3球は、打たなきゃならないようなボールだった。おれだったら、外野に飛ばしている自信がある」
おおっ?
「…自信屋さんですか、郡司センパイも」
「ワッキーとは違うんだ。あの程度の球なら、おれならヒットに出来る」
「言いますねえ~~。言うからには――」
「あー。立ってやるよ、バッターボックス。こんどうなだれるのは、羽田、ピッチャーのおまえのほうだ」
「手加減、しませんよ? ゆるいボール、投げませんよ??」
「それでも――1球で、しとめてやる」
× × ×
郡司センパイのバットにボールが当たった。
ただし、結果は、ピッチャーゴロ。
郡司センパイにも……勝っちゃった。
× × ×
わたしに負かされた、脇本くんと郡司センパイが、ふたりそろって肩を落としている。
とりわけ、郡司センパイのショックはすごそうだ。
練習も終わって、サークル部屋に引きあげているわたしたち。
ふたり肩を並べてしょげている脇本くん&郡司センパイ。
気の毒に思って、
「ごめんなさい、ふたりとも」
「羽田さん」
「羽田」
「郡司センパイには……ちょっと、ムキになっちゃいました。大人げなかった」
「大人げなくたっていいよ。そういうとこ、羽田らしいんじゃないか?」
「たしかに、ですね」
郡司センパイに、わたしは同意。
脇本くんに対しては、
「がんばって考えるよ、わたし――脇本くんが打撃練習になるような、投げかたを」
「僕に遠慮しなくたっていいよ…。僕が不足していたんだ」
「…本音を言わせてもらうと、3球目は、打ってほしかった」
「ガッカリした? 絶好球みたいな球まで、空振りして」
「ガッカリはしてないよ。でも、脇本くんが自分で言うように――不足してるのかもね」
「……そう、バッサリと言ってくれるほうが、僕としてはかえってうれしい。今後の励みになるまである」
「ミートカーソル、拡げていかないとね」
「ミートカーソル? …ああ、パワプロの」
「アベレージヒッター、目指していこうよ」
「先は長いな……まず、羽田さんの球を打てるようにならないと」
× × ×
「……でね、バッティングセンターに誘ったのよ。郡司センパイと脇本くん、ふたりとも」
「行ってきたんか?」
「ううん、くたびれたから、またこんどにするって」
「男子ふたりが軟弱というより……おまえが手加減しなさすぎたみたいだな」
「手加減しすぎも、それはそれで、迷惑でしょ」
「迷惑、ねぇ」
「わたしは手を抜かないよ」
「スポーツに対しては、ムキになるよな」
「ついついムキになっちゃうわねえ」
――ふと、先日のことを、思い出した。
床にベッタリと座ってスポーツ雑誌を読んでいるアツマくんに向かい、
「『ムキになっちゃった』話――してもいい?」
「なにでムキになったんだ、スポーツでか」
「そうよ。…ムキになったというより、つい本気を出しちゃった、って話」
「…自慢話を聞かされそうだな」
「あなたの部屋に来てるんだから、自慢話だってなんだってするわよ」
「なんじゃあそりゃ。まったく理屈がわかんねえ」
「――テニスの試合をしたのよ」
「……いきなりおっ始めんな、話を」
「非公式試合よ、もちろん」
「シングルスか?」
「シングルス」
「だれと?」
「中高時代、わたしと同級生だった子よ。テニス部だった子なの」
「強いの? その子」
「強いの。部のエースだったの、ずっと」
読んでいたスポーツ雑誌をテーブルに置き、
頬杖をつきながら、「ふむ……」とつぶやいて、
「……『部活では最強を誇っていた子だったけど、わたし彼女にストレート勝ちしちゃいました』、ってオチがつくんだろ」
どうしてわかるの……。
「どうしてわかったのよっ!? …ねえっ、どうしてわかるのか、教えてよっ」
「…だって愛だから」
「な、なによそれっ、だってわたしだから……とか、常套句も常套句じゃない」
「元・テニス部のエースをコテンパンにしちゃったという、自慢話なわけだな」
「……」
「ちゃんと、なぐさめてあげたか? 彼女、泣いてなかったか?」
「悔しそうだった……でも、『かなわないな』って、笑ってた。泣くよりも、笑って、『ますます羽田さんを尊敬しちゃうよ』って」
「いい子で良かったな、その子が」
「うん、ほんと、いい子なのよ」
「おまえとは対照的みたいだなあ」
「対照的!?」
「『いい子の反対』を地(じ)で行ってる、おまえだから」
「悪い子ってこと!? わたしが」
彼は苦笑いするだけ。
わたしの血液は……沸騰寸前……!
「2日連続でパンチされたいのかしら」
「おまえのパンチぐらいなら、甘んじて受けいれるが」
とぼけないで。
「……パンチの、代わりに」
「おっ?」
「バッティングセンターで、あなたを徹底的にしごき潰す……って案を、思いついた」
「いや、バッセンでしごき潰すって、どういうことだよ」
「近頃のバッティングセンターは、けっこうな豪速球を出せるところもあるって聞くし……」
「それ、いいな。挑戦のし甲斐があるってもんよ」
「わたしはあなたをしごき潰したいんですけどっ」
「バッセンでそれは無理だな。おれが無限に楽しくなる」
「……バッティングセンターとか言ったわたしが損した」
「やっぱりお仕置きは、パンチかぁ?」
「パンチも……する気なくなった」
「よしよし、いい子だぞ~、愛」
「……『悪い子』呼ばわりしたのは、どこのだれ」
「『悪い子』なんて、おれは言っとらん!」
ありえない……。
でも、
いま、
わたしの頭をナデナデして、なだめてくれているのは、
ちょっとだけ、うれしい。