【愛の◯◯】ニートになりたくなかったら

 

早いもので8月も下旬だ。窓の外では依然として、太陽がギラギラ輝いている。残暑と呼ぶにはまだ早過ぎる。夏の雲はこんもりと巨大だ。

冷房の温度設定を下げなければやっていられない。今日はアルバイトも無いから、1日中自分のコトをして過ごしたい気分だ。涼しくしまくった部屋の中、勉強机の前に座り、『PADDLE(パドル)』のバックナンバーを読み返していく。あらためて説明すると『PADDLE』とは大学でわたしと結崎(ゆいざき)さんという男子学生が作っている雑誌だ。結構な頻度で出している雑誌だから、バックナンバーは読み甲斐がある。自分で書いた文章を自分で読み返したりもする。わたし自身の成長の記録だとも言える。

 

お昼ごはんを食べたあとですぐさま部屋に戻る。ラジカセにCDをセットして再生ボタンを押し、ベッドにボーン、と仰向けになり、音楽に耳を委ねる。どんなミュージシャンのどんなアルバムかは敢えて伏せておくが、ギターの轟音でさえも耳に心地良い。

とあるポケットモンスターのぬいぐるみを左手で抱えながらCDを聴いていた。アルバムが終盤に差し掛かったところで寝返りを打つ。仰向けで枕元のチラシに手を伸ばしていく。そのチラシには『夏祭り』と巨大な文字で書かれていた。

そうです。そうなんです。今年もまた、8月下旬に近所で夏祭りがあるんです。というか、明後日なんだけどね、開催されるの。

盛大に花火も打ち上がるし、浴衣に身を包んだ方が楽しさも増していくというモノ。でも、今年は準備の不足で、浴衣は多分着て行かないと思う。わたしの浴衣姿を眼に焼き付けて欲しい男子も特に居ないし。まあこれは余談に過ぎないけどね。

 

× × ×

 

冷房の効きまくった部屋は名残惜しいが、夏祭りのチラシを携えながら階段を下り、リビングに足を踏み入れていく。

利比古くんが居た。

夏祭りへの参加の意向を利比古くんも示している。どんな格好で参加するのかはちょっと気になる。彼には川又ほのかちゃんという年上のガールフレンドが居る。ほのかちゃんと共に行動するのに相応しい服装をするのをわたしは望みたい。

利比古くんのソファの真向かいのソファにぽーん、と着座。そして開口一番、

タブレット端末に精が出るねえ!! 利比古くん」

イケてるフェイスが苦くなった利比古くんはタブレット端末から眼を離し、

「あすかさん。そういう言い方はやめてください。もう少しオトナになってくださいよ。21歳なんですから、あなたは……」

「でも利比古くんもハタチになったよね?」

「なんですかその切り返しは」

「ねえねえ」

わたしは前のめりになり、

「利比古くんのアルコール摂取も解禁されたんだし、昼間から臨時の『飲み』でもしてみない!?」

「なに言うんですか、あすかさん? 互いに長期休暇中だからって、節操が無いですよ」

「白昼堂々お酒が飲めるなんて人生のこの時期だけだよ」

「不真面目な」

「飲みたくないの?」

「ええ、まったく」

「じゃあ、アルコール摂取の代わりとして――」

「代わり?」

「わたしの南浦和でのアルバイトについて、利比古くんに向かって一方的に喋ってみたい」

『ええぇ……』と言わんばかりにドン引いた表情になる利比古くんに、構わず、

「あなたにも、今後の参考になると思うよ?」

 

それから、南浦和の某カフェレストランでのアルバイトの日々について詳(つまび)らかに語った。バイトをしていて楽しいコトや面白いコトがいっぱいあったから、それらを存分に語ってみた。

「今年度のあすかさんは、リアルな充実ぶりが目立ちますね……」

「大学3年なんだもん。『いつリアル充実状態になるの? 今でしょ!』っていうキモチ」

林修センセイの決めゼリフを真似ないでください」

「なんで?」

「流行りコトバは、あまり濫用すべきではないと思うんですよ」

「なんで? 根拠は?」

口ごもった利比古くん。

やーれやれ。

「しかも、林センセイの決めゼリフって、ぶっちゃけ賞味期限切れてるじゃん」

「き、切れてるのなら、なおさら」

「いっとき流行ったコトバを用いるべきではないという考え方も、分かる。でも、今は利比古くんとの『雑談』なんだから、ちょっとぐらい林センセイ混ぜても良いでしょ」

「そうでしょうか……?」

「ところでっ!!」

わざとらしく大声を上げ、話題を強引に転換させる。

そんな悪いわたしは、

「音沙汰が無いよね」

「は、はい?」

「利比古くんの方のコトだよ」

「なんのコトですか……?」

彼をジト見したわたしは、

「アルバイトだよアルバイト。わたしのじゃなくて、利比古くんのアルバイト。わたし、あなたから何にも情報もらってない。アルバイト初体験に向けて、全然情報収集してないんだね」

利比古くんがうつむいた。

「東京にはバイト情報誌が腐るほど在るのに。もっと活用してみなきゃ」

「……」と、利比古くんはなおもうつむく。

「バイトとかで社会経験積まないと、ある方向にまっしぐらだよ」

「ある方向って、どんな方向……」

ニート路線。バイト経験無し人間は、この方向に近付いていく」

「酷なコトを言わないでください!!」

にわかに利比古くんが立ち上がった。利き手の右拳かキツく握られていた。

「あなたがそうやって気色ばむトコロが見たかったよ」

そう感想を漏らしてから、

「わたし、このソファで、30分はお昼寝するから。バイト情報誌持って来て熟読しておくんだよ?」

「情報誌って、どこから」

「そこら辺に散在してると思うけど」

「本当に??」

「――知るものですか。」

「むむむ無責任ッ」

「わたし眼がトロントロンとなって来たから、とりあえず利比古くんは情報誌探しなよ」

「……情報誌といえど、ピンからキリまで」

「もーーっ。わたしは普段、バイト情報誌携行(けいこう)を心がけているとゆーのに」

「あすかさんは携行してるかもしれませんけど、ぼくは……」

「……なに?」

「だから。あなたとは、ぼくは違うんです」

「ゴメーーン。うとうとして来たから、声がハッキリ聞こえてない」

「で、ですからっ!!」

「わたし、このクマぬいぐるみを抱きながら眠るの」

「……」

「利比古くんに沈思黙考(ちんしもっこう)させたい気もあるし」

「沈思黙考って。あのですねえ」

「ゴメン、今は就寝するのに意識向けまくってるから」

わたしはソファにもたれる。

彼は納得のゆかない顔。

わたしは、夢の世界に移行し始めている。

「わたしが昼寝してる間に、バイト情報を摂取しておくんだよ」

さらなるウトウトと一緒に強まる優越感。

眼がとろとろとする中で、彼のテンパりを味わうのも忘れずに……。