【愛の◯◯】スポーツ新聞とおマヌケ利比古くん

 

南浦和の某・カフェレストランでのアルバイトはもう始まっている。

今は主にホール担当。でも、いずれは厨房で腕を振るってみたいと思っている。

現在14時10分。モーニングからランチまでの営業だから、ほとんど閉店間際だ。

伝票を持ったお客さんがレジに来る。現金会計。

「ありがとうございました。またよろしくお願いします」

レジ打ちも担当しているわたしは退店するお客さんを丁寧に見送る。

出入り口のドアノブを右手で持ったお客さんは、左手を上げて『また来るよ』という意味の込められたジェスチャーをしてくれた。

 

これで店内に残るお客さんがゼロになった。

「ふう」

肩の荷が下りるわたし。

そこに、

「ラストオーダー過ぎたから、もうエプロン外して休んじゃっていいよ」

というご主人の声。

「ありがとうございます。ご主人もお疲れ様です」

わたしから見て右側、わたしの立っているレジカウンターから少し離れたところにご主人は立っている。

「くたびれた? あすかちゃん」

「いえ。このぐらいなんてこと無いです」

「頼もしいな」

ご主人は微笑して、

「浦和競馬が開催してる週はもっと忙しくなるんだけど。この調子ならば大丈夫そうだね」

あー。

南浦和浦和競馬場の最寄り駅。

よって、

「ご主人おっしゃってましたよね。浦和競馬あるときは常連の競馬記者さんたちが集まってくるって」

「土地柄、ね」

このお店にはスポーツ新聞がたくさん置かれていた。

ニッカン・スポニチ・サンスポの3紙に留まらない。いろんなスポーツ紙の競馬担当の記者さんが来店するんだろう。

「スポーツ紙記者だけじゃなくて、競馬新聞の『トラックマン』もやって来る」

棚に置かれたたくさんのスポーツ紙に眼を向けているわたしにご主人が言う。

「近年になって浦和競馬の発走時刻が遅くなってるから、昔より記者やトラックマンが長く滞在するようになった」

「ご主人も馬券買われるんですか? 今はスマホでも簡単に馬券が買えるようになりましたよね」

「買うよ。買うけど、ここに来る連中の予想には乗らない」

「えっ。それって」

「大穴予想だ。連中が予想印を付けてない馬を買う。当然滅多に当たらないが」

思わずご主人の顔を見る。

朗らかな笑顔。

 

× × ×

 

お店に置かれたスポーツ紙の中には『青春(せいしゅん)スポーツ』もあった。

規模の大きくない独自路線の新聞。一般紙系列ではなく、メジャーなスポーツ紙とは一線を画している。

『青春スポーツ』はわたしの邸(いえ)でも定期購読していた。

わたしはこの『青(あお)スポ』のオリジナリティが好きだったので、いつも熟読している。

今日は朝『青スポ』が読めなかったので、バイトから邸(いえ)に帰るやいなや、リビングのソファにどっかり座(ざ)して、『青スポ』を1面から入念に読み始めた。

 

中ほどの競馬面に差し掛かったあたりで利比古くんが出現した。

わたしの真向かいのソファに座る。

そして、この1週間どんなコトがあったのかを自分勝手に振り返って喋っていく。

主に新年度の始まった自分の大学のコトについてペラペラと喋る彼。

止まらない。

が、スルースキル抜群のわたしは彼の語りが全く気にならない。余裕で『青スポ』の記事の文面を熟読できる。

 

「……で、『CM研』の上級生女子の『いたぶり』にも、だいぶ耐えられるようになったんですよ。ぼくのメンタルの『防御力』、上昇してるみたいです」

とうとう終面(しゅうめん)に眼を通し終えたわたしは『青スポ』をぱさっ、と手前の長テーブルに置いた。

実際には不機嫌にはなっていないんだけど、不機嫌な表情をわざと作り、利比古くんに見せつけ、

「利比古くん肝心なコトから眼を背けてるよね」

「え? どういうコトですか?」

右人差し指で長テーブルをしこたま連打して、

「し・ん・か・ん」

「……?」

「新入生の、勧誘っ!」

「あーーーっ」

利比古くぅん??

その間の抜けたリアクション、一体全体なんなのかなあ。

間の抜けた声を出すのにも限度があると思うんだけど。

まったくまったく。

「新歓活動について訊く必要も無かったみたいだね。そんなにおマヌケなリアクションしかできないってコトは」

「あすかさんにはおマヌケに見えるかもしれないですけど」

彼は、

「新歓活動は、ゆっくりじっくりです」

「その油断がサークル崩壊を招くんだよ」

わたしは睨みつけて、

「利比古くんが新人勧誘能力ゼロなコトがよく分かった。……ほら、高校生のときも、卒業するまでに『KHK』に後輩を入会させるコトができなかったじゃん? 『KHK』を休会状態にした責任、重いよね」

やはり彼はテンパって、

「こ、こ、高校時代のコト蒸し返すなんて、あすかさん、ヒドいですっ」

「ヒドくないっ。悔しかったら新人勧誘スキルを磨きなさい!!」

「ななななななっ」

「ダメだよー。超イケメン男子がそーんなリアクションしちゃあ」

「さ、さりげなく『超イケメン男子』と言った意図は!?」

「事実じゃん、利比古くんが超イケメンなのは」

「……困惑させないでください」

「とっしひっこくーん☆」

「なんですか……」

「かわいいね」

「はい!?」