川又さんがイラッとしている。
どうしたんだろうか。
上等な豆を挽いて淹れたコーヒーを、ぼくと川又さんは飲んだのだ。
コーヒーがイライラの原因であるはずもない。
なにが原因であるというのか。
「青春(せいしゅん)スポーツ」というスポーツ新聞を川又さんはつまみ上げる。
「青(あお)スポ」をバァッ、と開く彼女。
真ん中辺りのページの記事とニラメッコ。
ニラメッコのあとで、バサリ、と「青スポ」をテーブルに置く。
左腕で頬杖。
それから、ぼくのほうに視線を伸ばして、
「阪神……調子いいよね」
「え、阪神??」
唐突だ。
スポーツ新聞の真ん中辺りのページは、野球面ではないはずだ。
「青スポ」の真ん中辺りを彼女は読んでいた。……野球面ならざる所を読んだのに、口から出てきたのはプロ野球の話題。
不自然で不可解。
× × ×
「――お菓子食べませんか?」
促してみる。
しかしながら、
「お菓子の気分じゃない。お菓子の気分になれない」
と、一刀両断されてしまう。
「コーヒー飲み切っちゃったし。コーヒーと一緒に食べるのなら良いんだけど」
という川又さんの言い分(ぶん)。
「ジュースと一緒じゃいけないんですか?」
「ジュース?」
「はい。ジュース類が冷蔵庫に豊富に入ってますので。ジュースと一緒にお菓子食べるのはどうでしょうか」
彼女の眉間にシワが寄った。
「もう一度言うけど、わたし、お菓子の気分になれないから」
イライラの籠もったコメントを頂いてしまった。
どうする。
数分間が経過した。
四角いクッションを抱き締めた彼女が、
「利比古くん。こんなわたしのことなんか放っておいて良いから。読書でもやりなよ」
と告げてくる。
「タブレット端末が眼の前にあるじゃん。電子書籍でも読んだら?」
とも。
「ぼく、電子書籍という気分では……」
本心で返答する。
にわかに彼女の表情が曇り、ムーーッとした顔になる。
マズいぞ。
失言だったか!?
「そんなに読書がイヤなわけ」
冷たいコトバ。
「ど、読書に価値を認めてないわけでは、ありません。ありませんけども」
「けども?」
「お、面白い話のストックが、あるのでして」
「ストック?」
「はっ、ハイッ。どこまで川又さんの興味を引けるかどうかは、未知数ですけど」
「……話してみてよ」
「わ、分かりました」
「はやく」
……ぼくは息を吸い込んで、
「面白い局名のテレビ局について話そうと思います」
……ますます。
ますます、不穏な表情になっていく、川又さん。
しかし、しかし……ここは、突っ張っていかねばならない。
「フジテレビ系列局で、3つ挙げようと思います。
いずれも、キャッチーなネーミングセンスで名を轟かせているテレビ局。もちろん、平成になってから開局した局であって――」
「――利比古くん??」
「な、なんですかっ」
「疑問。『さくらんぼテレビ』って、何県にあるの」
「――山形県です。やはり山形といえば、さくらんぼということで。実は、さくらんぼテレビの開局には面白い経緯があって――」
「それは話さなくていいよ、どんなに面白い経緯でも」