【愛の◯◯】彼女自身のバイトのコトのみならず

 

夕方。

リビングのソファに座ってタブレット端末を見ていたら、あすかさんが姿を現した。

アルバイトを終えてお邸(やしき)に帰ってきたのだ。

いきなり、

「わたくしは帰還したゾ。利比古くん」

とか言ってくるあすかさん。

そんな口調になって何がしたいんですか。

「ハイハイ、おかえりなさい」

彼女のノリにノッていく気は無いが、おかえりなさいは言っておく。

南浦和のバイト先から帰還したあすかさんはぼくの正面のソファにぽん、と座る。

「あすかさん」

「うん」

「お疲れさまです」

「ハイありがとう」

南浦和はかなり遠いし、お疲れさまと言ってあげなければならないだろう。

それから、

「バイト、どうですか?」

と言ってみる。

ずっと続けていけそうなのかどうかを彼女の反応から読み取りたくて、そう訊いた。

「楽しいよん」

即座にあすかさんは答える。

ずいぶん性に合っているらしい。

「お客さんのオジサン率がかなり高いお店なんだけどね。やり甲斐あるよ」

彼女のバイト先は南浦和駅近くのカフェレストランだ。オジサン率が高いのは浦和競馬場の最寄り駅なのと関係があるんだろうか。

「利比古くん。せっかくだから、わたしのお仕事の内容を詳しく教えてあげるよ。タブレットを置いてわたしの話を聴いて?」

 

× × ×

 

あすかさんの談話に耳を傾けていたら、あっという間に晩ごはんの時間になってしまった。

今日の晩ごはん当番は流(ながる)さんだった。梢さんも少し手伝ってあげたとか。

ぼくは、食べ終えて自分の食器を洗った後で、階段を上がり、自分の部屋に引っ込んだ。

勉強机の前の椅子に座り、あすかさんがバイトの仕事内容について語ったコトを反芻してみる。

現在は基本的にオーダーを取ったり食べ物飲み物を運んだりレジ打ちをしたりらしい。

でも、ゆくゆくは厨房でオリジナルメニューを調理してみたいそうな。

『あすかさんも、なんだかんだで、年々お料理のスキル上がってるもんな……』

そう思った。

あすかさんがキッチンスタッフになると誰が接客するのかという疑問こそあるが。

『ご主人とあすかさんの2人でも何とかなる規模のお店なんだろう』

それだったら、大丈夫。問題は生じないだろう。

彼女のバイトが大丈夫そうなので、勉強机に立てかけておいたCM雑誌を取り出して開こうとする。

しかしここで、トントントンというノックの音。

小刻みにドアを連打するのが、あすかさんのスタイルの1つである。

 

ぼくは椅子に座り続け、あすかさんはカーペットに腰を下ろす。

開口一番、

「お部屋に引っ込むのが早すぎるよー。もうちょっとお話がしたかったのにー」

とあすかさん。

「お話なら、お腹いっぱいになるぐらい聴いた気もするんですが」

「ヒドっ」

「だってそうでしょう。さっきのバイト説明に加えていったいどんな話題を出すつもりなんですか」

彼女はニコニコと、

「わたしのバイトのコトばかり言い続けるワケじゃ無いの。わたしは利比古くんの『お気持ち』が知りたいの」

お気持ち?

「なんの『お気持ち』ですか。詳しく言ってください」

「利比古くん、あなたにアルバイトを始める気があるのかどうか」

いつの間にか、カーペットに腰を下ろしたまま、ぼくの椅子に向かって距離を詰めてきている。

それにしても、あすかさんのバイトのコトじゃなくて、ぼくの「意志」のコトですか。

この場合の「意志」とはもちろん、アルバイトを始める気があるのかどうか。

「大学の前期が終わって長期休暇になったら考えます」

ぼくは答えた。

正直に答えた。嘘は言わない。

「取り掛かりが遅くない?」とあすかさん。

「そう思うのも仕方が無いのかもしれません」とぼく。

「ねえねえねーっ」

あすかさんは楽しげな声を発してから、

「すぐにできるバイト教えてあげようか」

長期休暇になったら考えるって言ってるじゃないですかっ。

非情なあすかさんは、ぼくのバイトに対するスタンスなどお構い無しに、

「わたしたちが作ってる『PADDLE(パドル)』って雑誌があるじゃん」

とか言い出してくる。

そこはかとない嫌な予感が芽生える。

「1回、『PADDLE』に書いてみない? 原稿料出るよ」

あすかさんたちの雑誌の記事を執筆しろと!?

無茶な。

「あすかさん知ってますか。知ってますよね。あなたの文章力を100としたら、ぼくの文章力は1なんですよ」

しかし、彼女は1つ年上の余裕を顔に醸し出して、

「そんなワケ無いじゃーん。『1』じゃないよ。『8』ぐらいはあると思うよ」

「キリが良くない数値なのはどうしてですか……」

「利比古くんフジテレビ好きでしょ。だから、『8』という文章力がピッタリ」

「ずいぶんいい加減なんですねえ!!」

「怒ってる怒ってる♫」

「あすかさんだから怒って『あげている』んですよ!?」

「オー」

「ぼくに感謝してください。それと、気の抜けた相槌はやめてください」

「きびしいね」

「ですから、あすかさんがあすかさんであるがゆえに、敢えて厳しく……」

「それは、ありがたいな〜〜っ」

「どーして反省の色を少しも出そうとしないかなあ!?」

「ウフフっ☆」