毎年恒例の文化祭が今週末に行われる。例年と同じ時期の開催。今年も土曜・日曜の2日制。2日制も定着した感がある。
連休明けの今日からはもう校内は文化祭1色だ。全てが土曜・日曜の文化祭本番に向かっていく。授業は短縮され、午後2時台からは全校生徒が文化祭準備に専念する。クラスの出し物の準備もあれば、部活の出し物の準備もある。とりわけ文化系の部活にとっては、今週末が1年の集大成のようなモノである。
× × ×
ただ、文化系の部活ではあるけれど、わたしの所属する「スポーツ新聞部」は平常営業を貫く。1年の集大成とかそういう感覚は全く無い。展示もやらない。何かを売ったりもしない。部誌を売りさばくコトに毎年躍起になっている文芸部や漫画研究部とは対照的である。
文化祭に関わらないのではない。結構積極的に関わる。具体的には、「取材」である。特に、文化祭を運営する生徒会が、主な取材対象となる。
……なるんだけど、今年の生徒会は、悪い意味で「ひと味違う」。
放課後のスポーツ新聞部活動教室。
1年生ボーイのノジマくんが、こう言った。
「ウチの生徒会って、なんか影が薄いですよね」
それからノジマくんは、
「生徒会って、毎年こんな感じなんですか? 貝沢(かいざわ)センパイ」
とわたしに訊いてくる。
苦笑せざるを得ないわたしは、
「毎年じゃないよ。去年は今年と全然違った。川口小百合(かわぐち さゆり)さんっていうカリスマ的女子が会長で、生徒会をぐいぐい引っ張ってたの」
「なるへそ。川口さんって生徒会長が、華々しい存在だったんですね」
「うん。……去年と比べると、今年は地味だよね、地味過ぎるぐらい地味。ノジマくんが言う通り、存在感があまり無い」
まぁ、存在感があり過ぎても困るんだけどね。
わたし去年、川口会長に相当イジられちゃってたし。
イジられちゃってたのは取材の時だけじゃない。取材する側と取材される側という関係性の枠を超えて、ずいぶん私的に関わっていた。それは川口会長からの一方的な接触という面が大きかったんだけど。それにしても、なんで彼女はあんなにわたしをイジるのが好きだったんだろう。
見た目も中身もカリスマ的だった川口小百合さんのコトを思い浮かべていたら、白板(はくばん)の方から、もう1人の1年生ボーイたるタダカワくんがこちらに近付いてきた。
155センチのわたしよりも20センチ以上は背の高いタダカワくんが、椅子に座っているわたしの前に立ちはだかる。
「どしたの? タダカワくん」
尋ねてみると、
「貝沢センパイは、もうすぐ図書委員の集まりで図書館に行かなくてはいけないんでは?」
あー。
白板を見たんだね、タダカワくん。
『16時半〜 図書館に行きます(貝沢)』と、わたしは白板に書いていた。
「そーだね。タダカワくんのおっしゃる通り」
腰を浮かせながら、
「ありがとう、わざわざ告知してくれて」
とタダカワくんに感謝。
「行ってくるよ」
と言うわたしに、
「図書委員も文化祭で何かを企画してるんですか?」
とタダカワくんは。
「してる」とわたし。
「どんな企画を?」とタダカワくん。
「それはフタを開けてからのお楽しみだよ」とわたし。
「えっ……」とタダカワくんは狼狽(うろた)え。
× × ×
タダカワくんをおちょくっちゃった。
背が高いといっても、1年ボーイは1年ボーイ。
……さて。活動教室を出たわたし、なんだけど。
近い道を行けば、ほんの数分で図書館に入館できる。近道なら熟知している。
でも。
今日は、わざと大回りをして、図書館に向かって行きたくって。
なぜか。
……思考と感情を、整理整頓させたかったから。
× × ×
「すみません。定刻より2分遅刻しました。謝ります」
わたしは3年男子の春園(はるぞの)センパイにぺこり、と頭を下げた。
だけど、
「そんなに真面目に謝る必要無いって、貝沢さん。時間には緩めなぐらいが丁度良いんだよ。影が薄いクセにお硬い今の生徒会じゃーないんだし」
と春園センパイに言われてしまった。
何気に生徒会批判も混じっていたセンパイのおコトバ。彼はこういう話術が上手い。
4人で集まるはずだったのに、他の2人はドタキャンしたらしい。クラスや部活の出し物準備も忙しいだろうし、やむを得ない。
ただ、春園センパイと2人だけでの話し合いとなると、緊張が指数関数的に増していってしまう。緊張が、わたしのカラダやココロに際限無く拡がる。結果として、実際の気温よりも肌寒さを感じたり、春園センパイの眼を少しも見れなくなったりしてしまう。
2学期に入ってから、春園センパイと居ると、『おかしくなっちゃう』コトが増えた。眼を合わせられなくなっちゃうだけではない。センパイのコトバや仕草に敏感になり過ぎちゃって、変な態度を示しちゃう。不審に思われちゃうのがコワい。とてもコワい。
今日のこの時間この空間でもまた、ずっとビクビクしている。『なんか挙動不審っぽくなってない?』みたいにセンパイに言われてしまったら、わたしはどうなってしまうんだろう。理性を喪失して、図書館から走って逃亡してしまうかもしれない。それぐらい余計な意識がある。これまでに無い程の余計な意識、困った意識。
わたしの過剰意識のおかげで、話し合いの内容が一切わたしに浸透しなかった。脳内のメモ帳が白紙。何もインプットできていない。今日はもう、何もインプットできそうに無い。
「貝沢さん大丈夫〜〜?」
ついに春園センパイに大丈夫かどうか訊かれちゃった!!
どくどくどくどくどくん。カラダ中の血流が暴れ出しそう。
「ゴメンナサイ。ゴメンナサイですっ、センパイっ」
「なーにが♫」
「あのっ、わたし、今日ずーっと不甲斐無いしっ。全然センパイのハナシも聴けてないしっ」
「ほお」
制服スカートで半分だけ覆われている両膝を見つめるしかないわたしに、
「空回りしちゃってるんだね。たぶん、きみが人一倍頑張ってるからこそ、なんだろう」
……やめて。
やめてくださいセンパイ。
女子は、そういうコト言われると、簡単に顔面が炎上してしまうんです。そういう風にできてるのが女子なんです。
わたしはわたしの性格的に、他の女子よりも一層容易く顔面が炎上しちゃうし……センパイの男子から言われたら……なおさら……!!
「――あれっ。もしかして貝沢さん、今日体調イマイチ? 俯き続けちゃってるし」
「ちがいます!!!」
喚くような叫び声が出てしまった。
本能的に叫んだ。叫んでしまっていた。
やらかした……。
今の絶叫、絶対絶対絶対、図書館の隅っこまで響き渡ってる。
わたしとセンパイが打ち合わせてるカウンター奥の控え室的なこの部屋まで、司書の先生が飛んでくるレベル。
でも、司書の先生が飛んでくる気配が無い。
なぜどうして。
司書の先生も、図書館に来ている生徒たちも、わたしの絶叫で驚かなかったワケがない。
だって、ちゃんとした証拠もあるんだし……。
……証拠、っていうのは。
わたしの前では少しもたじろいだコトの無い春園センパイが……わたしの眼前(がんぜん)で、とっても動揺した表情を見せているという……事実。