図書館の展示コーナーの前でオンちゃんが作業している。
「頑張ってるね!」
背中に声を掛けてみる。
オンちゃんがビックリして振り向く。
「な、な、なつきセンパイですか」
そんなに動揺しなくても。
いきなりやって来て、いきなり声掛けしたからって。
だけど、今みたいなリアクションも、「アリ」だな。
「『夏目漱石を読もう!』か。スゴい展示やるんだね。わたし夏目漱石なんか国語の授業以外で読んだコト無いよ」
「そういう生徒が多いというのを踏まえて企画したんです。もっとも、わたしの企画ではなく、春園(はるぞの)センパイの企画なんですけど」
春園保(はるぞの たもつ)くんかあ。
やるなぁ。
「オンちゃん」
「なんですか、センパイ?」
「春園くんと図書委員一緒にやってると楽しいでしょ」
オンちゃんは答えあぐねてしまう。
「彼みたいな男子のセンパイがそばにいて『引っ張ってくれる』って、良いよね?」
「……おっしゃる意味が、イマイチ」
わたしは微笑(わら)うだけ。
困った後輩ちゃんは、
「そもそも、なんでセンパイ図書館来たんですか。『スポーツ新聞部』のほうは……?」
「1年男子くん2人が優秀だから活動教室に残してきた」
「優秀『だから』残すんですか」
「ちゃんとお留守番してくれてるよ」
やはりというかなんというか、オンちゃんは溜め息。
「なつきセンパイ。『放任主義』ってコトバ分かりますか」
「分かる」
そう答えて、
「放任主義だからオンちゃんの作業のジャマもしない。わたしは目当ての棚のトコロに行ってみる」
『なるにはBOOKS』というお仕事案内みたいな本だとか、進路に関する資料がいっぱい並べられているコーナーがある。
わたしはそこに立つ。
大学は受ける。だけど、模擬試験の志望校記入欄は適当に書いている。そこそこの偏差値の有名大学で記入欄を埋めている。
さっきのオンちゃんみたいに思わず溜め息をついてしまう。
決められないんだもんな。
どんな学部に入りたいかも決められてない。
わたしがホントにやりたいコトって何だろ。
『なるにはBOOKS』がたくさん並べられている棚を凝視する。
わたしがなりたいわたしって、どんなわたし?
× × ×
図書館を出て部活の教室に戻ろうとした。
そしたら、わたしと同じく3年生の木内伊織(きうち いおり)くんという男子が向こう側から歩いてきた。
「本宮(もとみや)じゃん。おつかれ〜」
手をヒラヒラ振りながらそう言ってわたしに近付く。
進路のコトなんかなんにも考えていないような笑顔だ。
何も決められていなくて悩んでいるわたしよりも数倍幸せそうだ。
「木内くんって自由だね。自由ニンゲンだね」
「うお、いきなりなんぞ」
『なんぞ』じゃないよっ。
「ねえ。木内くんは『自分がこれからどうしていくのか』とか考えたコトは無いの?」
「これからどうしていくのか?」
「そう」
「進路のコト?」
「そうだよ」
わたしも木内くんも身長が170ちょっとで、目線がピッタリと合う。
将来の展望に思いを巡らせたコトなど少しも無さそうな顔つき。その顔つきがまともに眼に食い込んでくる。
「本宮はマジメそうだから進路の意識高そうだよな」
「『進路の意識高そう』ってなに? きちんとした日本語じゃないよね」
「ほら、マジメ本宮だ」
「部活の顧問の椛島先生が国語担当で、『きちんとした日本語で書いたり話したりしなさい』って言われてるの」
「椛島先生ってそんな面倒(メンド)くさいコト言うんか?」
「わたしたちの顧問をバカにしないで!!」
「してないしてない」
話がねじれて行っちゃうよ、このままだと。
どうしよう。
「なーんでそんな眼つきになるん? 怒ってんの?」
「怒ってないよ。でも、木内くんの将来がほんの少しだけ気がかりだから……」
「ほんの少しって、どんくらい?」
「わたしと木内くんの身長差ぐらい」
「じゃ、ほとんど無いも同然じゃんか」
「そうだよ。案外物分かり良いんだねっ」
「ホメられた」
太陽の明るさのように楽天的なキャラクターなのが木内伊織くんだ。
実は木内くんは春園保くんの大親友なのである。
木内くんと春園くんって、似ても似つかない組み合わせ。
奇妙な化学反応。
「ま、おれもほんのちょっとだけは、将来のコト考えた方が良いのかもなぁ」
そう言うけれど、浮ついた話しぶりには少しも改善の余地が見られない。
トゲトゲしい目線を同じような背丈の木内くんに当ててしまう。
すると、
「おれさ、前のカノジョと別れたばっかなんだけどさ。『アンタ、卒業したあとはどうするの?』って訊かれたコトが1度だけあって。その時、曖昧にはぐらかしちまったから。あっちが愛想尽かした原因の1つだったんかもしれん、今になって考えてみたら――」
……あのねえっ。