お皿を置きます。皮を剥いて食べやすい大きさに切った梨が山盛りになっています。
何やら難しげな本を読んでいたお嬢さまが梨のお皿に視線を伸ばし、
「これ、全部食べても良いのかしら!?」
と歓(よろこ)びに満ちた声で言います。
「良いですよ」
「ありがとう蜜柑。素直に感謝しておくわ」
「ただし、『お代わり』はありませんからね。そのお皿の梨を全部食べたらお終(しま)いですから」
「どうしてよ?」
「食べ過ぎは健康に悪いでしょう?」
「わたし、いくら食べても太らないし、いくら食べても体調を崩したコト無いんだけれど」
「そういう問題ではありません」
「出し惜しみしちゃうの!? 蜜柑ってそんなに出し惜しみする性格だったかしら」
「何だか話がズレてませんか? どうしてわたしの性格の話になるんですかね。個人攻撃はやめてくださいよ」
お嬢さまはわたしの警戒に構うコト無く、
「こういう形に切ってあると食べやすいわよね。ま、蜜柑のお料理スキルならばこれぐらい『朝ご飯の前』かしら」
「大変だったんですよ? 爪楊枝を全部の梨に刺したんですから」
「それもあなただったら『朝ご飯の前』でしょうに」
そう言った直後に、スゥッッ……とお皿まで手を伸ばし、お嬢さまは1つめの梨を口まで持っていきます。
梨を咀嚼(そしゃく)するお嬢さま。モグモグ、という擬音が適切なのか、はたまた、ムシャムシャ、という擬音が適切なのか。
ここからがお嬢さまは止まらないのです。
2つ、3つ、4つ、そして5つ。立て続けに梨に手を伸ばして咀嚼していくお嬢さまの姿がそこにはありました。わたしが苦労して盛り付けた梨を、あっという間に……。彼女の食べるピッチは全く落ちません。なんなんですかね。胃袋の中に宇宙空間でも存在してるのでは!?
「梨は水分が多いから、どんどん食べていけるのよね。梨のオンシーズンだから、とっても美味しいわ」
生産者の方々に感謝ですよ、お嬢さま。栽培するのにどれほど手間をかけていることか。ブルジョア気質だと、果物を作ってくださる方々の顔が見えにくくなってしまいます。そこを意識して反省するのが、1流の社長令嬢なんではないんでしょうか。
ですから、早食いする手を止めて、毎年美味しい梨を提供してくれる方々に想いを馳せてみたらどうなんでしょーか?
お嬢さまは早くも8つめの梨を胃袋に吸収していらっしゃいます。手を止めるのをお忘れになってしまったかのようです。……いいえ、完全にお忘れですよね。
メイドといえど、なんだかんだで彼女より歳上のわたし。彼女をたしなめてもバチは当たらないはず……と感じつつ背筋を伸ばしたら、
「『梨オンリー』じゃ、単調よね」
と謎めくコトバをお嬢さまが発してきて、さらに、
「わたし、飲み物を持ってくるわ」
というコトバを発しましたから、伸ばした背筋が一気に冷え込んでいきます。
× × ×
「その純米吟醸酒はお母さんが飲みたがっていたんでは!? 勝手に飲んじゃうとお母さんに怒られますよ!?」
「良いのよ。また注文すれば良いんだから。わたしが自腹を切って購入すれば、お母さんもそんなに怒らないわ」
「純米吟醸酒を造るのに、生産者の方々がどれだけ手間暇をかけているか……」
「えっ、もしかして蜜柑、お母さんの代わりにお説教というワケ」
「わたしは『自腹を切って購入する』という言い回しも引っ掛かります。いくらお金持ちの家柄だといっても、お嬢さまが自由に使えるお金は、まだそんなに……」
「それは梨より甘い指摘ね」
「はぃ!?」
「アルバイト、ってカタカナ5文字のコトバを知らないの?」
うっ。
わたしとしたコトが……。失念していました、お嬢さまがアルバイトでお金を稼いでいるコトを。
「バイトでずいぶん稼いだの。まめに貯金してるから、純米吟醸酒を購入するのも『朝ご飯の前』なの」
お嬢さま、何だか『朝ご飯の前』っていうフレーズを気に入ってるみたいですね。どーしてなんでしょーか。
彼女は純米吟醸酒の瓶に優しく触れて、
「蜜柑も飲んでみる?」
と誘うのですが、わたしはお嬢さまの顔を鋭く見て、
「お断りします。下戸(げこ)メイドなんですから、わたしは」
「おカタいのね」
ムカッとしてくるコト言うんですねえ。上から目線。歳上なのはわたしの方なんですけど。こういう所が、特権階級の人間のイヤな所であって……。
「前のめりになるってコトは、やっぱりお酒に興味津々なのね」
「違います。誤解しないで頂けますか」
「不機嫌なのね。不機嫌な時こそ、高級純米吟醸酒よ☆」
誰のせいで不機嫌になってると思うんですか!?
泣きたくなってきますよ!?
「あなたは傍観してるだけで満足なの? わたしがこの純米吟醸酒を呑み干すのを傍観してるだけじゃつまんないでしょーに」
「アカ子さん!! コンプライアンス!!」
ついにお嬢さま呼びがアカ子さん呼びになってキレてしまうわたし。
無視を決め込み、茶色い深皿に柿の種(ピーナッツ無し)をどぼぼぼぼと放流し、少し残っていた梨と共にお酒の肴(さかな)にしようとします。
「もっとお上品に柿の種を放流したらどうなんですか。みっともない」
「『お上品な放流』ってなぁに? ヘンテコな日本語ねえ」
くぅうっ……。
何とかして、何とかして、アカ子さんのウィークポイントを、この場で、この場で……!!
眼を閉じ、深呼吸をします。
アカ子さんがグラスに純米吟醸酒を注ぐ音が聞こえます。満面の笑みで注いでいるコトでしょう。1杯めのグラスを瞬時に呑んじゃうコトでしょう。
わたしは考えます。
アカ子さんのウィークポイントを何としてでも突きたいのです。
眼を閉じているわたしの耳に、グラスにお酒を注ぐ音が断続的に聞こえてきます。
彼女を良いキモチのままにしておくのは、何だか悔しいです。ひと泡吹かせたいです。
何か……何か……指摘されたら彼女が悲鳴を上げてしまうぐらいの、ウィークポイントを……!!
……わたし、考えました。
9月になってから最高度に、無い知恵を振り絞りました。
……よしっ。
見えてきたわよ、だんだんと。
見えてきたんだから。光明がさしてきた。
彼女のウィークポイントがなかなか思い当たらないのならば、無い知恵をこれ以上無いくらい振り絞れば良いのよ。
そう。
振り絞って振り絞って、ウィークポイントを、捏造すれば良いのよ……!!!