午後4時前。南浦和のバイト先から邸(いえ)に帰ってきた。
シャワーを浴び、Tシャツと短パンに着替える。
リビングに行き、ソファにぺたんと座り、友だちとLINEのやり取りをしたりする。
LINEが一段落したあとで、ワイヤレスイヤホンを耳に突っ込み、音楽を聴き始める。
例によって、90年代もしくは00年代の和製ロックミュージックである。
2003年産まれの女子らしからぬ選曲のプレイリストを幾つも作っていて、その中から1つをチョイスして再生しているのである。
ASIAN KUNG-FU GENERATIONの「未来の破片(かけら)」の次にサンボマスターの「歌声よおこれ」が流れてくる。
初期のサンボマスターは耳にしっくり来る……と思っていたら、リビングまで誰かがやって来る気配。
やがて姿を現したのは、ハタチの誕生日を来月に控えた好青年であった。
もしかしたら好青年ってレベルじゃないかもしれないハンサムフェイスの男の子。
利比古くんだった。
× × ×
利比古くんは、わたしとはかなり離れた所のソファに腰掛けた。
「離れ過ぎじゃないの。そんなにわたしと距離をとりたいの」
「そんなワケではありません」
「じゃあ、もっと近付いてきても良いのに」
「何を言いますか。ぼくはこのポジションで良いんですっ」
フフフッ。
「あすかさん。不気味な笑顔にならないでください」
たしなめをスルーし、
「さっき帰ってきたんだよね? 大学はどうだったの? お姉さんに教えなさい」
「勝手にお姉さんを自称しないでくださいよっ」
「ふふーん。イヤだね。わたしの方が1学年上なんだから、自ずとお姉さん的な存在になる」
「また、わけのわからないロジックを……」
「そう言う利比古くんも、あんまりロジカルでは無くない? この前、利比古くんが書いたレポートを見せてもらったコトがあったじゃん」
「あすかさんが強引に『見せてよ』と要求した時ですよね」
「レポートなのに、パラグラフ・ライティングが全然できてなかったし、接続詞の使い方もいい加減だった。本来、英語の文章を読み慣れてるはずなのに、案外なんだよねえ」
利比古くんは帰国子女、英語ペラペラ。なのに、英語の文章の特質であるはずのパラグラフ・ライティングが上手にできない。
「そこまで言うってコトは、あすかさんはさぞかし、レポートの文章を書くコトに自信をお持ちなんですよね?」
「当たり前じゃん。わたしを誰だと思ってるの」
「……『高校生作文オリンピック』銀メダリスト」
「そゆこと〜。大学で、レポート提出が評価の対象になる講義は、全部最高評価」
利比古くんがムスッとし始めた。
加虐趣味かどうだか知らないが、もう少し彼をイジめてみたくなる。
だから、
「改善の余地があるのは文章力だけじゃないと思うんだよね」
「どういうコトですか。どういうイミですか」
「これも先日のコトなんだけど。利比古くん、満面の笑みで、サークルで制作したコマーシャル映像をわたしに見せてきたじゃん?」
「満面の笑みだったかどうかは疑問ですが、確かに見せました」
「思ったよわたし。『もっと勉強しないとね……』って」
彼の顔面がにわかに紅潮し始め、
「ぼくにケンカを売ってるんですか!?」
「売ってないよ」
「ぼ、ぼくは、『もっと勉強しないとね』とか言われるのが、すっごくイヤなんです。『もっと勉強しようね!』系の発言をされると、少しも落ち着けなくなる……」
「それは誰だってそうでしょ」
「『もっと勉強しようね!』系の発言は、言われた人間の成長を促進するどころか、阻害してしまいますよ」
「わたしは、コマーシャル映像の中身について意見したいんだけど」
「どうせ……批判するんでしょう。遠慮無しに」
「よくわかったねえ」
ここで気付く。
彼の右拳が固く握り締められているコトに。
微笑ましいったらありゃしない。
× × ×
微笑ましいがゆえに、利比古くん制作のコマーシャル映像の難点を10個も指摘してしまった。
イラ立ち気味の利比古くんは、
「ずいぶんと良い加減なご指摘もあったと思うんですけども」
「かもねぇ。『カラスを画面に映り込ませる必要は無かった』とか」
「あすかさんって、ぼくのCM映像の揚げ足取りをする時、必ず楽しそうな表情になりますよね」
「揚げ足取りじゃないから。利比古くんの成長を促すためなんだから」
彼は眼を背ける。
「わたしはあなたのためを思って……」
「だからっ、そういう常套句もぼくは嫌いなんですっ!!」
「うん。わかる」
「り、理解してるのなら、口を慎んでくれても……」
「そーだ!! 利比古くんは、社会勉強をするべきなんだよ!!」
「しゃかいべんきょお!?」
派手に裏返るハンサム好青年の声であった。
「アルバイトまだしてないでしょ? 夏休みになったら絶対するべき。バイト経験とかそーいう社会経験を活かして、CMのクオリティを向上させていくんだよ」
「……あすかさんは」
「なあに?」
「南浦和でのバイトが、本当に順調に行ってるみたいですね。そうでなきゃ、こんなに強烈にバイトを奨めてこないはず」
「そうだね順調だね。わたし、とうとう、バイト先のお店のお料理も担当し始めたんだよ。一部のメニューだけどね」
彼に対してやや前のめりになる。面白くて楽しい気持ちMAXで、彼の顔面をジワジワジワと眺め続ける。
それから、
「作ってあげようか……。『大盤振る舞い』で」
「目的語を省かないでくれませんか」
「うるさいな〜っ」
「からかいの微笑み顔で『うるさいな〜っ』とか言わないでください!!」
「カレーライス」
「はい!?」
「『大盤振る舞い』で、バイトのお店で作ってるようなカレーライスを、提供してあげても良いかなー、ってわたし思ってる」
「それは……バー◯ントカレーや◯ャワカレーより美味しいんですか」
「攻撃的な」
「……」
「攻撃的な度合いが上昇すると、逆に可愛くなってくるんだよね〜〜」
「……」