昨日は、あすかちゃんを怒らせちゃったりもした。
男の子のコトでイジり過ぎるのも良くないな……と反省しつつ、帰りの電車に乗り込んだ。
『新しい恋をした方が良いよ』ってゆーのが本音なんだけどね。全ては、あすかちゃん次第。
× × ×
葉山むつみがメロンソーダを飲んでいる。グラスの持ち方が優雅でキレイだ。中指や人差し指が特に美しい。
「本当に美味しそうにメロンソーダ飲むよね、はーちゃんは」
ニックネーム呼びで彼女に言う。
彼女は静かにグラスを置き、
「大好きだから」
とコトバを返す。
イジワルしたくなっちゃって、
「キョウくんとメロンソーダと、どっちが大好き?」
と問いかける。
はーちゃんは、わたしの問いかけに、落ち着いて対処できず、
「そ、それは、キョウくんの方よっ。メロンソーダは、飲み物に過ぎないんだしっ」
愉快なキモチが胸に満ち溢れるわたしは、
「やっぱそうだよねー。幼なじみの男の子の方が、大好きに決まってるよねー」
「……杏(アン)、あなた随分とテンション高いわね。平日に休める歓(よろこ)びのせい?」
「するどい。平日に休めてすこぶるハッピーなのは、否定できない」
小さく溜め息のはーちゃん。
かわいい。
わたしはさらに、
「それに、葉山家を訪ねるのも、かなーり久々だったし」
と、ハイテンションの理由を付け加える。
「そういえばそうね。アンは仕事で忙しいんだから、仕方無いんだけど」
「待ち遠しかった?」
「言うまでも無いわ。待ち遠しかったに決まってるでしょう。親友なんだから」
「そう言ってくれて嬉しいよ」
「あなたにお昼ごはんを作ってあげても良かったんだけどね。あいにく、午前中は用事があったから」
「パチスロにでも行ってたの?」
はーちゃんは一気に唖然の顔になって、
「何を言ってるのあなた!? わたしの趣味嗜好を間違って解釈してるんじゃないの」
わたしは余裕の苦笑いでもって、
「コーフンしない。身を乗り出さない。血圧、上げたくないでしょ?」
両手でテーブルを押さえつつ、無言で下向き目線になり、苦虫を噛み潰す。腰は浮かせ続け状態。カラダのキレイなラインがわたしの眼に焼き付く。親友のリアクションをしばらく眺めて楽しむわたし。罪なわたし。
流石に良心を持ち合わせていないワケでは無いから、
「ゴメンゴメン。パチスロ云々は、ちょい不適切だった。たぶん、もっとちゃんとした用事があったんだよね?」
「……家の近くの古本屋さんが、閉店セールをやってたのよ。掘り出し物を見つけたかったから、出向いたの」
ほほぉ。
「良いねえ。本好きのはーちゃんだから、お札(さつ)がどんどん財布から消えていって……」
「無尽蔵に予算があったワケじゃ無いのよ?」
「そうー? こんな所に住んでるんだから、いつでも財布の中身は充実してそうだけどなー」
「それも……誤解よ。しかもわたしは、アンと違って、社会人じゃないんだし」
話の雲行きが怪しくなってきちゃった。
ので、
「ごめんごめんごめん。おちょくり過ぎちゃったら、いけないよねぇ」
「わきまえてよね」
「ハイ」
「社会人なんだから、社会人らしくして」
「ハイ」
「……あまり社会人っぽくない返事ね」
× × ×
はーちゃんのベッドの上に、はーちゃんが今日購入した古本がで〜ん、と積まれている。
「随分買ったねえ。運びながら歩いて帰ったんでしょ? 大丈夫だった? 疲れなかった?」
「疲れたわよ、もちろん。消耗するのは覚悟の上で、閉店セールに行ったのよ」
「ほんとーに本が好きなんだね」
と言って、床で体育座りみたいな格好のはーちゃんに向かい、
「もっと誇っても良いと思うよ。本好きなトコロとか」
「誇る……」
「尊敬しちゃうもん。はーちゃんをリスペクトできるトコロ、他にも100以上はある」
「ひゃ、100って」
慌てる大親友に、
「わたしマジで言ってる。長ーい付き合いなんだからさ。会うたびに、はーちゃんの良いトコロ、新しく見つかるんだ」
「わ、わたしだって……あなたと会うたびに、あなたに対するリスペクトの、度合いが……」
「わたしをそんなにリスペクトできる? 並みのスペックのオンナだって自虐混じりに自覚してるんだけど」
ここで何故かはーちゃんは立ち上がった。
ベッド付近に立っているわたしを真正面から見据えてくる。
「どしたのー?」
返答せずにわたしに歩み寄るはーちゃん。眼の前まで来るはーちゃん。
「スペックがどうとか、どうでも良いでしょう。分かってないのね」
「え、それ、どーいう」
「どうもこうも無いっ」
結構なチカラの強さで、わたしの両肩をはーちゃんが掴んできた。
「ん、んーっと、欲求不満……とかかな?」
「下品なコトを言うのはNGよ」
「だ、だって、はーちゃん、こんなに勢い良くスキンシップを……」
左肩からはーちゃんの右手が離れたかと思うと、頭頂部に感触が来た。
「……まさかの、頭ナデナデ??」
無言で、さわさわと、頭頂部にくっつけてきた右手を動かす。
「わ、わかんないって、行動原理がっ。わたし、とんでもなくマズいコトでも言った!?」
「言ってないわよ。」
柔らかく告げたかと思えば、
「あなたを大事にしたいキモチの表現よ。こうやって、大事にしたいキモチでもって包み込んでるんだから、あなたも、もっと自分自身を大事にしなさい」
「……『大事にする』って言ったって。自分で自分を褒める方法、そんなに思い浮かばないよ」
「だったら、思い浮かぶまで、ナデナデしたり、ギュッとしてあげようかしら?」
「はーちゃん、こんなの、はじめて、じゃない??」
「そうかもしれないわね。でも、それが何だって言うのかしら」
次の行動に踏み出せない。取るべき対応が思い浮かばない。彼女の仄(ほの)かな体温に反応して、カラダがポカポカしてきている。温められ続けると、本格的にラチがあかなくなってくる。
「アン。あなた、身長何センチ?」
はーちゃんは唐突に問いを投げかけてくる。
「そのクエスチョン……今の状況と、ぜんぜん関わり無いよね!?」
「答えなきゃ、ギューッとハグして離さないわよ」
追い詰められて、
「……159」
と、身長を開示する。
「わたしとそんなに変わらないわね。わたし160.5だから」
「この局面で身長を開示し合う……意味って」
「160センチ台にギリギリ届かないって、悔しくない? そこんとこ、どーなのかしら。あなたの159センチという数値について、あなたが思うコトは……」