「今日、10月なのに暑いね」
そう言って、なぎささんが、団扇(うちわ)で自分の顔をパタパタと扇ぐ。
「巧(たくみ)くんは平気そうだね」
「うん。自慢では無いんだけど、暑さとか寒さには強い方なんだ」
答えると、
「完全に自慢じゃないの」
と微笑みながらツッコまれた。
少し照れくさくなり、
「そうかもね」
「体質的なモノだよね。羨ましい」
「羨ましいの?」
「巧くんが思ってる以上に羨ましいよ」
「ふぅん……」
団扇をぱた、と置く。団扇を持っていた右手で頬杖をつく。
「ところで」
なぎささんは、
「大学は、どーよ」
と、ぼくの学業について訊いてくる。
互いに既に大学の後期は始まっている。学業の話になるのも自然な成り行きだ。
「頑張ってる、つもりだよ」
とりあえず返答。
彼女は穏やかに苦笑しながら、
「そこはもっと断定的に、『頑張ってるよ』って言えば良いのに」
と柔らかにたしなめ、紅茶の入ったグラスに手を伸ばす。
紅茶を飲んでから、
「放送業界? やっぱし」
「え、いきなり、何かな」
「進路のコト。巧くんは映像を学んでるけど、放送業界に進路を定めてるんだろうな……って思って」
あーっ。
「まぁ、第1希望は、放送業界だね。部門は違っても、きみと同じ進路希望だ」
「巧くんは撮影、わたしはアナウンス」
「そうだね」
背筋を伸ばすよう努力しながら、なぎささんとできるだけ視線を合わせ、
「きみがきみなりに、目標に向けて努力してるってコト、現在(いま)も感じ取るコトができるよ」
「ほんとうに?」
彼女はやや目線を下げるけど、
「何年きみを見てきてると思ってるのかな」
と言ったら、目線は再び上がった。
「……巧くん」
まっすぐ見据えてきながら呼びかけて、
「わたしの背後の勉強机にノートパソコンがあるんだけど、このテーブル付近まで持ってきてくれない?」
ぼくは苦笑しながら、
「背後にあるのなら、自分で持ってきたら良いのに」
少しムスッとなった彼女は、
「彼氏に仕事を押し付けて……何が悪いって言うの」
× × ×
ノートパソコンの画面に北崎(きたざき)サラさんが映っている。ベッドに座っている。全身が映っていて、丈のかなり短いショートパンツから脚が伸びている。ぼくは上手に画面の彼女が見られない。
「大丈夫なの、黒柳(くろやなぎ)!? もう既にテンパってるみたいじゃん。通話開始早々こんな感じで、終わりまで保(も)つのかなあ」
「サラちゃんサラちゃん。巧くんはね、サラちゃんが普段着過ぎるから、戸惑っちゃってるんだよ」
「そっかそっか。わたしの普段着に対する耐性、あんまし無いんだね」
北崎さんは余裕に満ちた声で、
「なぎさの普段着を見るのとは、大違いなんだ」
「わたしの普段着には慣れてるけど、サラちゃんの普段着には全然慣れてなくて。こんな彼氏でゴメンね、サラちゃん」
「普段通りの言い回しだなー、なぎさも」
「ふふっ」
ぼくの彼女は、楽しさのレベルが一気に上がったかのごとく、
「そのショートパンツ、良いねえ」
と北崎さんを褒める。
ぼくは、PC画面よりも、なぎささんの方に眼を寄せてしまう。
「サラちゃんも大学始まってるでしょ? 北海道でのキャンパスライフも、丸2年半か」
「2年半になったねー。あっという間だ。でも、大学院に進むつもりだから、あと3年半はキャンパスライフに浸るコトができる」
そうなんだ。院進するんだ、北崎さん。初耳だ。
「サラちゃんの学業について、巧くんは、何か言うコト無いの?」
無茶振ってくるなぎささん。
15秒ほど考えてから、控えめに、
「院進する、理由は?」
と訊くぼく。
「学業を深めたいからに決まってんでしょ」
と即答する北崎さん。
「あのさー黒柳。もっと突っ込んだコト訊いてきてほしいんだよ、こっちは。もっと具体性のあるご質問を望みます、ってコト」
PC画面に思わず視線を戻す。北崎さんのショートパンツと脚がどうしても眼についてしまう。微妙に視線を逸らしながらでないと、画面上の彼女に話せなくなる。
「北崎さんは……経済学部……でしょ? ぼくの専攻とは、丸っ切り畑違いだから……『具体性』と言われても、難しいんだよ」
「たくみくん、ふがいなーい」
厳しい声がなぎささんから飛んでくる。ヒヤリとしてしまう。
「ダハハ。そうやってなぎさが黒柳をたしなめるのも、恒例だな」
「サラちゃんの将来設計、わたしはちゃんと憶えてるよ。経済学を深く学んで、北海道の産業に貢献したいんだよね?」
「そのとーり」
なぎささんと通じ合う北崎さんは、
「なぎさが言った通りなんだけどさ。黒柳? 北海道には、どんな産業があると思う?」
なぎささんのみならず北崎さんからも無茶振りされ、ぼくはドギマギ。
「酪農とか、畜産とか……パッと思い浮かぶのは、そのあたり」
苦しくも答えると、
「こりゃ宿題だなー」
と北崎さんが言ってきたから、反射的にPC画面をまたも見てしまう。
彼女の上半身に視線を集約させるよう努めながら、
「宿題って、どういう……?」
「次回の通話までに、北海道の産業について、詳細に調べてくる。第一次産業だけじゃなくて、第二次産業や第三次産業に関しても調べてくるコト」
えぇ……。
大変な宿題だ……。
「調べた成果をわたしに報告してきなさい」
そう言う北崎さんの表情はドヤドヤとしていて、勝負も何も無いのに勝ち誇っているみたいだ。
ちなみに、北崎さんの上半身を包むTシャツは、某ビール会社のビールのラベルを模したような絵柄。
流石サッポロだな……と思うものの、ショートパンツ同様、長時間見入るワケにもいかない。ぼくは、男子なのだ。
「黒柳ィ〜〜。視線が安定してないゾ〜〜☆」
勝ち誇る北崎さん。
「よし、わたし決めた。今月中にもう1回ビデオ通話しよう、なぎさ。黒柳をいたぶり足りなくもあるし」
『いたぶり足りない』と言われ、重苦しさにぼくは包まれてしまう。
「宿題を忘れないでよ。『センセイ』との約束よ?」
胃がキリキリとなり……敗北感すらも感じられない。
北崎さんの『弱点』ならば、ちゃんとインプットしていたのに。
流れが、『弱点』を突っつかせてくれなかった。全部、北崎さんのペースで。
言いたいコトも到底言えない、なぎささんの自宅の部屋での、なぎささん&北崎さんとのお話しタイム……!