巧くんとわたしは、彼氏彼女の関係になった。
もう、わたしは、巧くんのことを、『黒柳くん』と呼ぶことはない。
わたしの、好きな……巧くん。
……そんな彼と、告白の翌日、さっそくながら、デートすることにした。
場所は公立図書館。
正しく言えば、デート兼受験勉強だ。
受験との折り合いも……彼氏彼女としてつきあっていくからには、大事なんだと思う。
きっと。
わたしも巧くんも、両方合格できたなら、幸せな関係を、ずっと…結び合える。
× × ×
ただ、自習室でガリガリと受験勉強に没頭するつもりは、なかった。
となり同士で勉強を始めてから、90分近く経ったところで、巧くんの左肩にぽん、と手のひらを乗せた。
「休憩しようよ」
× × ×
館内の自販機で飲みものを買う。
テラスに出て、ベンチに腰かける。
幸い、ほかのカップルは見当たらない。
ホット紅茶を飲んでから、ふぅ、とわたしは息を吐く。
白い息。
「…寒くない? だいじょうぶ? 巧くん。
マフラー、持ってきたらよかったね……マフラーあったら、あなたをあっためてあげられたのに」
恥ずかしいこと…言っちゃってるかな、わたし。
まあいいや。
「まだ、耐えられる寒さだよ。お気遣いなく、板東さん」
……。
「巧くん。……ふたつ、ツッコんでいい?」
「えっ?」
「まず、巧くんがどんだけ『お気遣いなく』と言ったって、わたしは気を遣い続ける。理由は、あなたの彼女だから」
「……」
「それと。…『板東さん』呼びは、いまこの瞬間から、卒業して」
「え……」
「怒っちゃうぞ?」
困り果てたような眼で、わたしを見てくる巧くん。
まったくもう。
「……そーゆーとこを治してくれたら、いまの10倍、好きになるのに」
「具体的には……どこを治せば」
「呼びかたに決まってるでしょっ!! 名前の呼びかた」
口ごもっちゃった。
こーゆータイミングで口ごもっちゃうのも、それはそれで彼らしさ、だけれど。
「いい?
わたし、『巧くん』って、あなたを、下の名前で呼んでるでしょ?
――つまり、あなたがわたしを下の名前で呼んでくれたなら、釣り合いがとれるの。対等になれるの」
「対等……」
「男女交際は、平等に。」
巧くんが、思案し始める。
……やがて、意を決したように、
「じゃあ……『なぎささん』はどうかな」
言うと思ったー。
「…悪くないんだけど。
なぎ『ささ』ん、って、『さ』がふたつ続いちゃうよね?
ちょっと、呼びにくくない? 噛みそう。なぎ『ささ』ん呼びは」
「……だったら、どう呼べばいいのさ。」
「直球で、呼び捨て。」
「――『なぎさ』、って?」
「そう」
惑い気味の表情ながらも、
「それなら――試しに、きみを、呼び捨てにしてみようか」
と言ってくれる巧くん。
もちろん、わたしは、
「どうぞ」
と促す。
「――なぎさ。年末年始は、どうやって過ごす?」
予想外にも、胸が熱くなった。
まずい。
顔まで熱くなりそう。
巧くんのほうは、とっくにわたしを直視できなくなってるし。
とりあえず、言う。
「……そ、そうねえ、受験勉強あるし、コタツの周りで大人しく過ごしてると思う」
「そっ、そっかあ。コタツかあ」
「……巧くんの、過ごしかたは?」
「…………なぎさの家、行ってみたいかも」
うぅ……。
「巧くん……」
「……ん」
「呼び捨てられるのには、まだ、早すぎたみたい」
「……かもね」
「けど…わたしんちのコタツなら、いつだって紹介してあげる…」
「コタツ、紹介して……どーするのさ」
くぅ……。