板東家に、北崎サラちゃんがやって来た。
× × ×
「なぎさの部屋、広いね」
入ってくるなり言うサラちゃん。
そっか。
わたしんちに来たこと、これまでなかったんだっけ。
「サラちゃん」
「んっ?」
「――いらっしゃい。」
「な、なに、あらたまって」
「歓迎の意を示してるの」
「……そう」
「ほらほら、早くコタツに入ってよ」
× × ×
「あったかいでしょ? サラちゃん」
「うん、あったかい」
「少し手足とかあっためてから、勉強タイムにしよっか」
「……」
「? どうかした??」
「…あのさ」
「なに??」
「あいつは――まだ、来たことないの」
「あ…あいつって、どいつかな?」
「決まってるでしょ。黒柳」
ぐ。
先制パンチ。
「つきあい始めたんなら、もうこの部屋にも来てるんじゃないかなー、とわたしは推測してたんだけど」
「………あのね」
わたしはコタツのなかで手を揉みながら、
「じつは……。
……巧くん、は、あした、初めて、この家にやって来るの……」
「あしたぁ!?」
「――ビックリした?」
「――じゃあ、きょうはわたしがこのコタツに入って、あしたは黒柳がこのコタツに入るってこと」
「――なんか、ゴメン」
「や、べつにいいんだけど。……フーン」
「わたし、スケジュール調整、ヘタなんだ……」
「フムフム……」
「な、なにか考えてる?? サラちゃん」
「……『進展の過程が、いくぶんゆっくりだなあ』とか、考えてた」
「そ、そ、そうおもう!?」
「思う」
× × ×
「でも、なぎさも物好きだよねえ」
「言うと思った……サラちゃんなら」
だけど。
「だけど、ね。わたし、あした巧くんが家を訪ねてくるのが、楽しみで仕方ないの。そのせいか、きのうの夜の段階でもう、ベッドに入っても、なかなか寝つけなくって」
「――そんなに好きなんだ」
「好きだよ」
「理由なんて――訊くだけ野暮だよね」
「そのとおり」
「わたしは、前座かな」
「ち、違うよっ!」
テンパるわたしに対し、サラちゃん、呆れて、苦笑い。
「モノホンだねえ……、モノホンだ、うん」
「そ……そろそろ、勉強、始めない!?」
「あしたは、黒柳と、なにして過ごすつもりなの」
し、しぶといっっ。
「…勉強だよ、受験勉強っ。きょうは、サラちゃんと。あしたは、巧くんと。
…変わったことなんか、しないよっ」
――右手で頬杖をつきながら、ニヤニヤと、
「ほんとーに、勉強だけー??」
と食い下がってくるサラちゃん。
心拍数が上がる。
なぜ。
「け…削られちゃうじゃん、きょうの勉強タイムが」
「ちょっとぐらいいいじゃん」
「ダメ。ダメダメ」
無理やり、動揺をしずめたくて、
「しつこいよっ! サラちゃん!」
「おっ。声が裏返った」
「……」
「コタツも、なぎさのヒートアップを助長してるみたいだね」
……わたし、優しいほうだから、
サラちゃんの弱みに、あまりつけこむ気はないんだけど。
「……。
反撃。
反撃、されたいの?? わたしに」
「んー?」
「だから。わたしのカウンターパンチを…食らう覚悟はあるの、ってこと」
「どゆこと、なぎさ」
キョトンとするサラちゃん。
……言ってやるっ。
「――北海道の、遠い親戚の、男の子。」
とたんに、
「ちょちょ、ちょちょっとまってっ!!! どういうこと!? どうしてなぎさが、そんなことを認知してるのっ!? どうして!? どうして!? ねえ、お、お、教えなさいよっ!!!」
と――ヤバげな勢いでコタツから脱出し、わたしの前に身を乗り出してくる、サラちゃん…。
「えへっ。」
「なぎさ……!!」
――ほんとうにもう、一気に混乱しちゃうんだから、この子は。
二面性だな。
「落ち着いてよ」
「……ちょっと、ムリ」
「北海道の、時計台で有名な国立大学を受けること、サラちゃんはわたしに直接伝えてきてたけど」
「そんな婉曲的に言わなくたっていいじゃん。北海道大学って言えばいいじゃんっ」
「ごもっとも」
「なぎさ、あんた、まさか」
「サラちゃんって、意外とガード緩いよねえ」
「む、ムカつくんだけど、その笑い顔」
「ぶっちゃけさあ、」
笑いを維持させながら、
「遠い親戚の男の子の存在が、北大を受ける、原動力なんでしょ??」
サラちゃんにおける言語の喪失。
決まった。決まっちゃった。わたしのカウンター。
× × ×
「――だけど、気合い入れて、がんばらないとね。なんてたって、北大なんだし」
ほんとうに、サラちゃんは、がんばらないといけないんだよね……。
ここからは、わたしもサラちゃんも、真面目モードだ。
「サラちゃん、挽回が必要なんでしょ?」
「…必要。共通試験で、ちょっとばかし、しくじったから」
「そこは、『だいぶ』、なんじゃないの」
「……うぅ」
「へこんでるヒマないよ。
……だけど、わたしも、ゴメン。
いじりすぎた、サラちゃんのこと。」
時計を見上げ、
「部屋に入ってから、1時間過ぎてるよ……。
バカなことしてばっかり、わたし。
ヒネた性格、どーして直らないんだろ」
「気くばりができるじゃん……なぎさは」
「……できてる?」
「おめでたい性格かもしれないけど……優しいじゃん?」
……あたたかい笑顔で、サラちゃんはそう言ってくれる。
嬉しかった。
100%、嬉しかった。