オロナミンCを飲んでいる結崎(ゆいざき)さんに、
「後期の授業が始まりましたけど、教科書はちゃんと買ったんですかー?」
と問う。
「当たり前だ」
と結崎さん。ふーん。
「じゃあ、授業にも、きちんと出席できてるんですね?」
わたしがさらに問うと、
「当たり前だ。サボタージュするほど性根(しょうね)は腐ってない」
と結崎さん。ふぅーん。
さらにさらに、わたしは、
「結崎さんって、あと何単位なんですかぁ?」
「何単位……とは?」
「あれー、にぶい〜〜」
わたしは最高にわざとらしい声で、
「卒業に必要な単位数ですよぉ〜〜。結崎さん、6年生なんですしぃ〜〜〜」
途端に結崎さんがオロナミンCの瓶をキツく握り締めた。オロナミンCを破壊する勢いだ。
動じずに、
「もう一度言います。6年生! 結崎さんは、6年生!! 小学校だったら、栄(は)えある最高学年だったのに……悲しいかな、とってもイレギュラーな大学6年生」
ごん、とオロナミンCの瓶で机をチカラ無く叩く結崎さん。
効いている、効いている。
たのしいなぁ。
「きみは……『もう一度言います』と言ったのに、三度も、『6年生』と」
「大事なコトなんだから何度でも言いますよ」
「あ、あのなぁっ、あすかさんっ」
「なんですか? 安楽椅子から立ち上がってわたしと『勝負』でもする気ですか? どんな『勝負』であっても、わたしは負けませんよ」
わたしに背を向けてデスクトップPCを見たまま、
「……そんなつもりなど無い。きみとケンカみたいな真似などしない」
そーですかぁ。
「結崎さん。憶えておいてください」
「……何を?」
「わたしは数少ない、結崎さんを応援してる人間であるというコトを。戸部あすかは、結崎純二(じゅんじ)さんのモラトリアムからの脱却を、全力で応援しています☆」
結崎さんは、震える声で、
「き、きみは、きみ自身の進路の方を、マジメに考えるべきだと、思うぞ。ぼ、ぼくの、コトなんかは、放っておいて」
「結崎さーん?」
「……」
「テンパり過ぎかと」
× × ×
愉(たの)しいな。
ダメな先輩、イジメるの。
さて、『PADDLE(パドル)』編集室をとっくに抜け出したわたしの眼前(がんぜん)には、季節限定パフェがそびえ立っている。大学カフェテリアの秋のイチオシだ。
そして、パフェの向こうには、アイスコーヒーを飲んでいる社会人のお姉さんが。
藤村(ふじむら)さんである。わたしの大学のOGにして、わたしが卒業した高校のOGたる女性。わたしの3個上。社会に出て、企業でバリバリ働いている。
働いているのは素晴らしいんだけど、どうも職場がグレーな職場っぽいらしくって、気になっていた。グレーであるがゆえに、かつてわたしに向かって直接弱音を吐いてきたコトもあって、その時わたしは優しく優しく慰めてあげた。
だけども、しかし、
「藤村さん。まだ夕方5時を過ぎたばかりですけど、よくこんな時間帯に職場を出られましたね」
「今日と明日は特別なの」
「へぇーっ」
「あのね、職場のグレーなカラーもね、若干、ホワイト寄りになって来ていて」
「素晴らしいじゃないですか!」
左手で頬杖をついて彼女は苦笑い。
「特別なお休みだから、是非、真っ先にあすかちゃんに会いに行きたいと思って」
「わたしのコトがそんなに好きなんですか?」
「うん。好きだよ」
「直球ですね。でも嬉しい」
「えへへ……」
「うれしーです☆」
それから5分間ぐらい、他愛(たわい)ない会話を交わしていたんだけど、
「あのさ……。あすかちゃんに会ったら、どうしても訊きたいコト、あったんだよね」
え。
なんだろう。
なんか、藤村さん、急激に縮こまってる感じ。
藤村さんは160センチにギリギリ届かない背丈だ。155センチのわたしより少し高い。でも、明らかに、小さくなっていっている。まるで、小学6年生ぐらいの小ささ。
「なんでしょーか?? 訊きたいコトは、早めにぶつけてほしいです。萎縮しちゃってコドモになっちゃう藤村さんは、あんまり見たくないかなー」
「ごめん。わかったよ」
スッ、と顔を上げてくれた。オトナっぽさが戻ってきた。血色の良い微笑(わら)い顔。
「じゃあ、あすかちゃんの姉貴分として言うんだけど」
「ハイ」
「新しいカレシ、そろそろできたんじゃない?」
全身が一気に冷え込み始めた。
わたしのカラダだけに真冬がやって来た。
寒気と同時に、ドドドドクドクと、血流が一気に荒ぶっていく。
レッド・ツェッペリンのジョン・ボーナムが叩くドラムのような激しい音を心臓が鳴らしている。
右手からパフェのスプーンが落ち、白いテーブル上に転がった。
言語の喪失。何も喋られなくなる。普段のわたしがどこかに消え失せた。
「アチャーっ」
藤村さんは、
「その様子だと、あすかちゃん、『寝耳に水』だったんだね。んでもって、新しいカレシ候補すらも、全く現れてない」
正確過ぎる指摘。
図星。
上半身だけでなく、下半身のズボンの中にまでズッボシ、と食い込んでくる図星。
「ミヤジくん、だよね? 元カレの男の子。彼と破局したダメージが、1年経過しても、未だ痛いのか」
「……はきょく、なんて、いわないでくださいっ」
精一杯の声。泣いている。わたしの声は、確実に泣いている。
藤村さんは余裕でもって、
「『破局』でなかったら、なんて言えばいーの」
「……ふじむらさんっ」
「んー」
「イエローカード」
「えっ」
「? モンブラン?」
「カフェテリアにモンブラン売ってるんで……追加でわたしに食べさせてください」
「ペナルティってか」
「ハイそうですっ」
「高くついたな」
「だって……。」
「パフェに加え、モンブランも、わたしの責任払いで提供。……イエローカードの代わりか。わたしは高校時代サッカー部のマネジだったから、実感が湧く」
それは何の実感ですかっ。
ほんとーに、もう……。
「……ところでさぁ、あすかちゃん」
ま、まだ何かあるっていうの!?
追い打ち!? 藤村さん、追い打ち!?
「あすかちゃんって、あのお邸(やしき)で、羽田利比古くんとの共同生活、もう5年目なんでしょ? どーよどーよ、ひとつ屋根の下、間近過ぎるぐらい間近で、あのイケメンボーイを長年見てきて……」
――わたしは、反射的に、白いテーブルを、強く叩いて。
「イエロー、3枚っ」
「あれ? 怒った?? あすかちゃん」
「イエロー3枚!!! もしくは、4枚以上!!!!」
「オーッ」