浅野小夜子(あさの さよこ)さんと2人で、『PADDLE(パドル)』編集室に突き進んでいく。
ノックせずに、2人同時に入室。
例によって、キーボードを叩きまくっている結崎(ゆいざき)さん。
もっとPCに優しくしたらどーなんですかねー。
コンピューターは、精密で繊細なんだから。
もちろん、PCの横にはエナジードリンクのボトルが複数。
「結崎さん。こんにちは」
挨拶のわたし。
「……ああ」
微妙過ぎる反応の結崎さん。
『……ああ』って。
それ、挨拶の返事になってないでしょっ。
憤(いきどお)りを感じ始めていると、
「こっちに振り向いてよ~、結崎」
という、浅野さんの要請が。
「浅野。おまえの言うことを聞くつもり、無いから」
あまりにも酷い発言が、背を向けっぱなしの結崎さんから……。
やっぱりバカでしょ、この人。
憤りを通り越して、呆れてしまい、
「……わたしの言うことは、聞いてくださいよね。浅野さんを拒絶する代わりに」
と、背中にコトバをぶつける。
「きみの言いたいことは、なに」
なんでわかんないのっ。
わからずや結崎さんっ!
「180度向きを変えてくださいよっ。わたしと浅野さんの顔を、見てくださいっっ」
「…振り向け、と?」
「…バカ」
『そうですよ』と言う代わりに、「バカ」と言ってしまうわたし。
結崎さんがちゃんとしてないのが悪いんだ。
これだから、モラトリアム人間は……。
× × ×
「とうとう後輩のあすかちゃんにまで、『バカ』って言われちゃったわねえ、結崎」
「うるさいぞ浅野」
「ずいぶん不機嫌な顔になってるじゃない。エナジードリンク大量摂取のせいなんじゃないの?」
「けっ」
「出た~~、結崎の、中学生みたいな態度~~」
「浅野、おのれはっっ」
「わたしとあすかちゃんの顔を見て話せてるのは偉いから、これは通知表に書けるわね」
「通知表!? アホか」
結崎さんの声が、どんどん大きくどんどん甲高くなっている。
いつまで見ていても飽きない、結崎さん・浅野さんコンビの掛け合い。
罵倒し合うほど、仲がいい……か。
ふと、わたしの中に疑問が芽生えた。
「あのぉ」
「なんだ? あすかさん」
「なぁに? あすかちゃん」
「結崎さんは当然卒業できないとして――、
浅野さんは、来年の春で卒業なんですか?」
わたしが言ったとたん、結崎さんが少し身構える。
不可解な。
浅野さんは、微笑んで、
「――それがねえ。
わたし……ダブっちゃうのよ」
えーーっ。
意外。
「浅野……!」
あれ。
結崎さん、わたしよりも、もっと驚いてる。
× × ×
浅野さんの留年にショックを受けたんだろうか。
結崎さんは口数少なく、『PADDLE』のバックナンバーを読み返し続けていて、浅野さんとわたしが投げかけるコトバに対し、生返事をするばかりだった。
来年度も浅野さんが大学に居るってことは。
もう1年、結崎さんは、浅野さんとケンカができるってことであって。
さみしくならないから……結崎さんにとっては、良い知らせなんじゃないのかなあ。
もちろん、留年ということは、浅野さんのほうも、未来は不透明。
× × ×
『でも……不安な素振りなんて、浅野さん、見せてなかったな』
そう思いながら、寒空の下を歩いていた。
JR東日本の駅名看板が見えてくる。
不変の、待ち合わせ場所。
だれと待ち合わせているのか――お分かりですかね、読者の皆さま。
× × ×
「ミヤジ!」
柱に背中をくっつけているオトコに、叫んで呼びかける。
近づいてきたミヤジは、いきなり溜め息。
そして、
「自己主張激しすぎるだろー、あすか」
とか言う。
「自己主張? なにそれ、美味しいの」
「……」
「ミヤジぃ~」
「……もう少し、僕を呼ぶ声の大きさを絞ったって、よかろうに」
「あー、自己主張って、そゆことか」
イマイチ冴えないミヤジは、右手の人差し指で後頭部をポリポリとかきながら、
「おなか、すいてるだろ? あすか」
「とーぜん。もうこんな時間なんだし」
「じゃあ適当に店探して、食うか」
「わたしは、『適当』じゃイヤだ」
「えぇ……」
「夕食のお店探しには、最低30分かけよーよ」
「……なんだそれ」
「つれないねー」
「だ、だって、」
「カレシのくせに。」
「……ぐ」
猛烈に――ミヤジの右腕を握りにいく、カノジョのわたし。
× × ×
エアコンの暖房が音を鳴らしている。
温風を出すエアコンの近くにぺたり、と座っているわたし。
「食事シーンはカットしちゃったし、このマンションまで行く道中の描写もカットしちゃったんだけどさ」
わたしは、強烈なまでにメタフィクショナルなことを言ってから、
「これから……だよね」
と、ミヤジに。
「『これから』??」
「鈍感!! ミヤジまじ鈍感」
「んなっ」
「わたしさ。
忘れちゃったんだ、とっくの昔に」
「――なにをだよ」
「山手線の終電時刻」
ミヤジの口元が歪む。
歪むなっ。
「まだ、高校の延長線上に居るみたいだね、ミヤジ。高校4年生」
無口の高校4年生。
「良くないよー。エアコンの音よりも無口なのは」
「……ごめん」
シュンとしないでよ。
「シュンとしないでよ。オトコでしょ!?」
「古い理屈を……」
――完全にわたしのほうが「押して」いて、ミヤジのことが少し可哀想になってきた。
だから、笑ってあげることにする。
もちろん、部屋に入って向かい合ってから、わたしはずっと笑顔だったけど。
笑顔に笑顔を重ねられるから。
だから、エアコンの温風よりも暖かく、わたしは笑えるんだ。
『わたしたちは、いっしょに卒業しようね……ミヤジ』
胸の奥で、そう呟く。
すっ、と立ち上がる。
ミヤジサイドに歩いていって、間隔ゼロの左隣に腰を下ろして――それからそれから。