【愛の◯◯】普段のいざこざとは少し違って

 

いつものように安楽椅子に座りカタカタとキーボードを打っていた結崎さんが、いきなり、

「あすかさん。きみのお兄さんは、どんな感じなんだ?」

と訊いてきたからビックリ。

「はい!? どんな感じ、とは……」

「どんな性格なのかとか、何が得意なのかとか、どのくらい兄妹で会話をするのかとか」

結崎さんの後方でパイプ椅子に座っているわたしは、答えるのを思わずためらってしまう。

わたしの兄のことを彼はもっと知りたいんだろう。兄について断片的な情報しかわたしは提示してこなかったから。

それと、彼は彼のお兄さんとわたしの兄とを比べてみたかったのかもしれない。

わたしがためらう理由。

結崎さんに対して兄のコトを言おうとすると、何故だか胸の辺りがくすぐったくなってしまうのだ。

結崎さんに対して、だと、兄について上手に伝えられない……。なんで?

「ぼくの質問はそんなにマズかったのか?」

結崎さんは詰めてきたりはしていない。でも、詰められているような感触をわたしは覚えてしまう。

「マズくはありません。だけど」

「だけど?」

「少し、深呼吸、させてください。それから答えますから」

 

× × ×

 

「なるほど。身体能力に関しては申し分ない。口喧嘩になったりもするが、普段よく会話はする」

わたしが話したコトを結崎さんは要約しつつ、

「ぼくの兄貴と違って、良いお兄さんみたいだな」

と兄を持ち上げ、

「きみは『ちゃらんぽらんな性格』だとか言っていたが、性格面にそんなにイチャモンをつける必要も無いんじゃないのか?」

また、胸の辺りがくすぐったくなる。

結崎さんに反論しようと声を出しかける。

でも、コトバが、胸の辺りに押し戻されてしまう。

 

× × ×

 

ひたすら下を向いて帰りの電車の吊り革につかまっていた。

 

仕事を終えたあとに兄は邸(いえ)に『帰省』してくる。邸に1泊2日。事前に知らされてはいた。

結崎さんに兄のコトを問われたから、邸の玄関ドアのノブを握る手に余分なチカラが入ってしまう。

いちばん玄関に近い居間に兄はいた。

いきなり兄と遭遇(エンカウント)してしまったわたしは、その場に立ち止まる。

立ち止まりが続いてしまったので、

「なんだぁー? おまえ、立ち尽くしみたいになっちまってるじゃねーか。せめて挨拶ぐらいしてくれよー」

「挨拶……」

不甲斐ないわたしが呟く声はとても小さかった。

「『ただいま』の挨拶だ、『ただいま』の」

「た、ただいまっ」

ソファでくつろぐ兄に向かって前のめり気味に言うわたし。

「よしよし。できるならば、『お仕事お疲れ』ぐらいのねぎらいコトバも言って欲しいモノだが」

今の様子は、そんなに疲れているようには見えない。

やや小声で、

「仕事場で、キツかったコトでもあったの」

と訊く。

「そんなのは無かった」

「それなら、消耗や疲労とか、ごくわずかなんじゃないの、わたしが『お疲れ』って言う必要も……」

「あすか〜。こーゆー時はな、相手が別に疲れていなくとも、『お疲れ』って言ってやるモノだぜ? それがビジネスマナーってもんだ」

「ビジネスマナー!? お、おかしいでしょっ」

「どこが?」

「わたしたち兄妹なんだよ!? 兄妹の間でビジネスマナー!? 誰がどう考えたって、適切じゃないし……」

「あーっ」

間の抜けた声で「あーっ」と言った兄は、

「つい勢い余っちまったな」

荒れた口調になるのをわたしは抑えきれず、

「コトバをポンポン出すんじゃなくて、もっと考えて喋ってよっ」

と言い、それから、眼を背け、洗面所にまっしぐらに向かっていってしまう。

 

× × ×

 

また、いざこざ。

普段のいざこざとは違い、結崎さんに兄のコトを問われたあとだったから、わたしの方がすごく後味悪くなってしまっている。

自分の部屋のベッドにダイブし、数回コロコロとベッド上を転がる。

それから、お母さんのお腹の中の赤ちゃんみたいにカラダを丸める。

「なんで、強引に突っ張ったりしちゃったんだろう」

声が出る。

「中学3年生みたいな反発の仕方になっちゃった」

声が出る。

「もう大学3年生なのに。距離の取り方、イマイチ過ぎる……」

また声が出る。

丸まり続けて、ベッドから身を離すのが困難になる。

 

× × ×

 

わたしは、2時間もベッド上に居続けた。

設定温度低めのクーラーのおかげもあり、次第に頭が冷えていっていた。

身を起こし、今夜の『対策』を練ってみる。

すると、ドンドンという力強いノックの音。

兄がノックする音だとすぐさま聞き分けられた。

軽く軽く息を吸って吐いて、それから立ち上がり、ドアを開けに行く。

ドアを開けてあげたら、

「晩飯、食わんのか。流(ながる)さんや梢(こずえ)さんはもう食い終えちゃったぞ?」

デリカシーが希薄な喋り方で、

「食欲不振か?」

「違うよっ」

わたしは即座に首を振るが、

「だったら、おまえが帰ってきた時の居間でのおれの態度が良くなかったから、みたいだな」

と言われたから、今度は、頷いてあげる。

「塞ぎ込ませてしまってすまなかった」

「……いいよっ、わたしの態度も攻撃的過ぎたし」

「階下(した)のダイニングに下りてこいよ。せっかく、兄貴のおれが『帰省』してきてるんだ、食後にビールでも一緒に飲まんか?」

顔を見上げられず、喉ぼとけの辺りに眼を凝らしながら、

「下りるけど、食後のビールは、食べながら考えさせて」

と、お兄ちゃんの腹部に軽くパンチしながら、答える。

暴力と共に答えてしまった理由は……伏せておく。