【愛の◯◯】浅野さんの態度の『理由』は……?

 

学生会館に入り、『PADDLE』の編集室へ向かう。

すると、道中で浅野小夜子(あさの さよこ)さんと出会った。

浅野さんは今日もオトナっぽい。

というか、『オトナっぽい』じゃなくて『オトナ』である。

全身からオトナの女性らしさが漂っている。

まぶしい。

「もう少しで浅野さんも卒業だなんて残念です」

「さみしい? あすかちゃん」

「ハイとっても」

オトナの苦笑いで、

「しょうがないわねえ」

と浅野さんは。

「あの。浅野さんの卒業後の進路は……」

と言いかけるけど、

「……すみません。やっぱり訊かないでおきます」

と情けなく言ってしまうわたし。

「気を遣い過ぎよ。わたしが留年してるからって」

「でも」

浅野さんがわたしの左肩に右手を置いた。

思わず顔を上げる。

彼女の笑顔は朗らかだった。

その朗らかさでなんだか安堵して、

「あの」

と、浅野さんに向かって、

「これから『PADDLE』の編集室に行くんですけど、浅野さんもどうですか?」

「もちろんついていってあげるわ」

やった!

「ありがとうございます。2人で結崎(ゆいざき)さんをイジメに行きましょう」

いつものノリで『結崎さんをイジメに行きましょう』と言ったのだった。

だけど。

わたしのノリに乗らないように、含みのあるみたいな小さい微笑で、

「イジメは、良くないかも」

と浅野さんが言うものだから、予想外過ぎて彼女の顔を見つめてしまう。

「えっ……。心境の、変化、ですか?? 結崎さんは『イジメ甲斐がある』って、浅野さん言ってたじゃないですか」

しかし、

「結崎に対してだけじゃなくって」

と浅野さんは言い、

「イジメは、基本的に良くないでしょ?」

浅野さんは微笑を続けている。

でも、彼女の口からこんな発言が出てくるなんて……。

 

× × ×

 

浅野さんと一緒に編集室に入ることは入ったけど、まだ戸惑いは持続している。

「ハロー、結崎」

安楽椅子の傍(そば)に近寄って浅野さんが挨拶。

「おう」

PCを向いたまま結崎さんが左手を挙げた。

「どんな記事を書いてるのよ」と浅野さん。

「市販のボトルコーヒーの徹底比較」と結崎さん。

市販のボトルコーヒーの徹底比較だなんて、正直くだらない。

浅野さんにしたって、くだらないはず。

だから、

『あなたも懲りないわねえ』

みたいなコトバを彼女に期待していた。

だけど、

「どれどれ~」

と、彼女はPCを覗き込んで、結崎さんをコトバで叩く素振りも見せない。

浅野さんがPCを覗き込んだので、2人の距離が近くなる。

仲が悪いの反対みたい。

なんで。

「やるじゃないの。あなたの文章読みやすいわ」

え。

なんで!?

いつもの反対だ。

いつもなら、『ホメる』の反対なのに。

浅野さん、ホメてる。

結崎さんを、ホメてる……!!

「ほほほ本当なんですか!? 浅野さんも認めるぐらいに、結崎さんの文章、読みやすいんですか!?」

わたしは慌てて安楽椅子の右サイドに歩み寄った。

左サイドには浅野さん。右サイドにはテンパり気味なわたし。

女子2人で結崎さんを挟む構図。

わたしだけが落ち着きを欠いていた。

結崎さんも落ち着き払っているし、結崎さんに寄り添うような浅野さんも落ち着き払っている。

独(ひと)り焦り気味のわたしはPC画面を凝視する。

確かに浅野さんが言う通り読みやすい文章だった。

結崎さんの実力が出ている文章。

なんだけども。

なんで、浅野さん、今日は、結崎さんの実力を認めてるんだろう??

これまでは結崎さんに対してあんなに厳しかったのに。

 

× × ×

 

学生会館を出て、独りで歩いていたら、先日結崎さんがわたしに言ってきたコトバが蘇ってきた。

『浅野を見守ってやってほしい』

たぶん、きっと、今日の浅野さんの結崎さんへの態度の軟化と関係があるんだと思う。

ノーヒントだ。

浅野さんも結崎さんも明確な『理由』どころかヒントすら言ってくれない。

だったらわたし自身で考えるしかない。

探偵に……なれるのかな。