「結崎(ゆいざき)さあん」
「なんだ? あすかさん」
「結崎さんは、浅野さんの身長が何センチか、ご存知ですか?」
「し……知らない。あの女の身長になんて、興味あるわけないし」
結崎さんの「興味あるわけないし」を無視して、
「彼女は156センチだそうです」
と情報開示するわたし。
どうリアクションすればいいか分からず、困り果てたご様子の結崎さん。
彼の困り果てに構うことなく、
「どうですか? 156センチって、意外じゃないですか? 155センチのわたしより1センチ高いだけなんですよ?! もっと背丈がある印象じゃなかったですか?!」
しかし、下向き目線で、
「……どうでもいいよ、身長とか」
と彼は。
「どうでもよくありませんよ」
わたしは反発。
「なぜ」
と彼は問う。
でも、彼をからかえるだけからかってみたい気分のわたしなので、わざと「どうでもよくない」理由に言及することなく、鼻歌を歌ってみる。
いきなりのわたしの鼻歌に驚く彼。
ビックリ仰天な結崎さんを見ることができて、わたしは大満足。
× × ×
浅野さんといえば。
「少し前の『PADDLE(パドル)』で、ヨーロッパの美術館特集をしましたよね」
「したが?」
当該号の『PADDLE』をバッグから取り出し、ヨーロッパ美術館特集のページを見せながら、
「オランダのマウリッツハイス美術館に関しては、浅野さんが情報提供してくれたでしょ?」
浅野さんは「ミュージアム同好会」というサークルの所属で、世界各地の美術館に詳しいのだ。
「彼女が情報提供してくれなかったら、マウリッツハイス美術館については書けなかった」
「なにが言いたいんだ……きみは」
「この特集のマウリッツハイス美術館を取り上げた部分は、事実上、結崎さんと浅野さんの合作だと思います。というか、浅野さんの貢献のほうが、大きい」
しかめっ面(つら)の結崎さんは、
「……だから?」
「結崎さんは、浅野さんを過小評価し過ぎです」
しかめっ面を持続させたまま、
「お説教がしたいのか、きみは」
即座に、
「ハイ」
と答えるわたし。
「他にも、浅野さんの貢献度が高い『PADDLE』の記事はいくらでもあるのに。結崎さんは浅野さんにキツく当たり過ぎ。もっと彼女に優しくしてほしいです」
逸れる視線。
エナジードリンクに向かう指先。
あー。
エナジードリンク飲んで、現実逃避というわけですか。
逃(にが)しませんよ……わたしは。
× × ×
畳み掛けるようにお説教を浴びせたので、結崎さんがションボリとなっているように見える。
ションボリ結崎さんを見ることができて、大々満足のわたし。
でも、ションボリさせっぱなしなのも可哀想だと思わないこともないので、
「結崎さん。顔を上げてください」
と言う。
それから、
「お説教モードは、終わりです。ここからは、結崎さんをホメてあげるお時間です」
じわじわと目線を上げていく彼。
彼の口から、
「上から目線な言いかたは……やめてくれないか」
「イヤです」
うろたえの彼。
勝ち誇り気分のわたしは、
「少し前の『PADDLE』で、『シービスケット』っていう映画を、結崎さんは紹介してましたよね?」
目を見張り、
「よく憶えてるな。なぜ、そんなに記憶力がいいのか」
「なんでなんですかねー」
「……。『シービスケット』紹介記事が、どうかしたのか?」
「シービスケットっていう実在の競走馬を題材にした、2003年のアメリカ映画。――そうでしたよね」
「……うん」
「まあ、日本での公開は2004年1月だったらしいですけど、そんなことはどうでもいいとして。
2003年アメリカ公開でしょ?
2003年っていったら、わたしが産まれた年ですよ?
当然、結崎さんが紹介記事を書いてくれるまで、『シービスケット』って映画もシービスケットって馬も、知らなくって。
ビックリしました、わたし。
『結崎さんのコンテンツを『サルベージ』する能力は、どれだけ高いんだろうか!?』って。
結崎さん。
わたし、結崎さんのこと、ある意味では尊敬してるんですよ。
そう、尊敬してるんです……。いろいろ呆れちゃうことも、もちろんあるんだけど」
一気に言った。
バッグから爽健美茶を取り出して、喉を潤(うるお)す。
結崎さんが照れ屋さんな顔になり始めている。
彼の口からやがて、
「ありがとう」
という微(かす)かなコトバ。
――やったあ。