【愛の◯◯】モラトリアム人間を愉しくイジメる方法

 

『PADDLE』編集室。

結崎さんは、わたしに背を向けて、文章をひたすら打ち込んでいる。

わたしは、彼の背後で、パイプ椅子に座って、読書をしている。

 

結崎さんが、文章を打ち込む手を止めた。

 

「どーしたんですか? 結崎さん」

「いや……やけに静かだな、って」

「静かだと、文章書くのに集中できないんですか?? 作業用BGM流しましょうか」

「別にそこまでしなくたっていいんだけども」

「だけども??」

「なんだか違和感があって。背後からきみが全然話しかけて来ないから……じゃないかと」

「わたしだって、そんな日もあります」

「……」

「読書してるんですよ、読書」

 

結崎さんは振り向いて、

「――きみは、どんな本を読むんだ?」

と訊いてくる。

ブックカバーがかけられた本を結崎さんの顔に近づけて、

「これ、なに新書だと思います?」

とクイズを出す。

彼は眉間にシワを寄せ、

「……わからん」

と回答を諦める。

「もーっ、少しは考えてくださいよ」

たしなめてから、

中公新書です。中公新書の『モチベーションの心理学』っていう本です」

と、ブックカバーに覆われた新書の正体を言う。

「結崎さんは、モチベーションを上げるために、やってることとかありますか?」

「……。

 エナジードリンクを飲むことかな。1日1本はモンスターエナジーを飲まないと――」

わあ~っ、不健康!!

 

わたしの煽りにたじろぎ加減の結崎さん。

 

彼のたじろぎを味わっていたところ――編集室のドアにノックが2回。

 

× × ×

 

ミュージアム同好会の浅野小夜子(あさの さよこ)さんだった。

彼女は結崎さんと同期入学。

因縁めいたものがあるらしい。

 

オトナの香りを振りまく浅野さんが入室してくれたおかげで、編集室の空気が爽やかになったような感じがする。

 

「ハロー、あすかちゃん」

「ハロー、浅野さんっ」

 

お互いに笑顔であいさつ。

 

……せっかくの爽やかな空気だったのに、

「浅野、何しに来たんだ。あんまり長く居られても困るんだが」

と、結崎さんが空気を壊していく……。

バカじゃないのこの人。

分からずや結崎さん…。

 

わたしはジト眼で結崎さんを睨みつける。

浅野さんは余裕のルンルン顔で結崎さんを見つめる。

 

「…困った? 結崎」

「こ、困ったってなんだ、浅野っ」

「女子ふたりから同時に視線を注がれて、胸がドキドキしてるんじゃないの??」

「はあ!?」

「…フフッ」

 

浅野さん、余裕の笑み。

さすがだ。

結崎さんを翻弄できている。

わたしも見習いたい。

 

イタズラ心で、

「浅野さん。結崎さんは、毎日必ずモンスターエナジーを飲むそうです」

と振っていくわたし。

「えー」

と浅野さんは、結崎さんを憐れむような表情になり、

「ダメよ結崎。不健康よ。生活習慣病まっしぐらよ」

とたしなめていく。

 

「けっ」

憐れな結崎さんはふんぞり返って、

「浅野。おまえまで、あすかさんと同じこと言うんだな」

「言ったら悪いの。わたしはあなたの為を思って忠告してるのよ」

「おまえに忠告される筋合いはない」

「あ~ら」

余裕ありありで、

「どうなっても知らないわよ?? ほんとうに」

と浅野さんは告げる。

「ぼくの身体はぼくのものだ。構ってくれるな」

「ふ~~ん」

「……目的。ここに来た目的をまだ知らされてないぞ」

「目的なんかないわ」

「は!? ふざけるのも程々にしろ、浅野」

「強いて言うなら、結崎ウオッチング

「ど、どこまでもふざけやがって……」

 

思わず笑いがこみ上げてきてしまうわたし。

 

「あ、あすかさん、なぜに笑う」

「だれだって笑うわよお、結崎」

「ぬな……」

「結崎、きょうのあなたは悲惨ね。とっても面白いわ、わたし」

「だ、だから、ふざけたことばっかり言うなと……」

「? あなただって、普段からふざけっぱなしじゃないのお」

「どういう意味だ……」

「学業放棄の四文字で、全部説明できるわ」

 

学業放棄という巨大な弱点を攻撃され、結崎さんは下を向く。

 

「あすかちゃん」

「ハイ浅野さん」

「モラトリアムには2種類あると思うの。有意義なモラトリアムと、無意味なモラトリアム。もちろんもちろん、結崎は――」

 

かましいわ!!

 

「うわ~っ、モラトリアム人間が怒った

小此木啓吾ですか、浅野さん」

「よく知ってたわね、あすかちゃん。結崎なんかより全然優秀だわ~~」