とある公立図書館に来ていた。
貸し出し手続きを終えて、出入口のほうに向かっていたら、
「脇本くんじゃない!! すごい偶然」
なんと同じ大学・同じサークルの羽田愛さんもこの図書館に来ていたのである。
しかも羽田さんは独りで来館していたわけではない。
彼女の隣には戸部アツマさんが立っている。
アツマさんは羽田さんの彼氏さんだ。
羽田さんとアツマさん。ふたりは「パートナー」として某区のマンションにて「ふたり暮らし」しているのである。
アツマさんとは何回か会ったことがある……のだが、
「えーっと、きみ、脇本『コースケ』くんだっけ」
……違います。
違うんです。
僕、下の名前、『コースケ』ではなく、『浩平(こうへい)』なんです……。
× × ×
アツマさんはその場で羽田さんに蹴られていた。
× × ×
「なんでも注文していいわよ脇本くん。アツマくんが信じられないコト言ったから、ペナルティとして彼に全額支払わせるわ」
満面の笑みで向かいの席の羽田さんが言っている。
僕から見て彼女の右隣のアツマさん。
彼女に厳しいペナルティを課されたので、左腕で頬杖しながら、軽く舌打ちをする。
「ちょっと!! 場に相応しくない態度ね」
「図書館で蹴りを入れるほうが、よっぽど場に相応しくねーだろ」
「なんですって!?」
おさえておさえて。
僕は完全なる痴話喧嘩を抑え込みたくて、
「……羽田さんも、こういうファミリーなレストランに来たりするんだね」
「あらぁ」
彼女は自分の彼氏の右腕をつねりながら、
「来たりするわよぉ」
と言い、
「それに、ファミリーなレストランっていっても、ここは屋号に『ロイヤル』が付いてるじゃないの」
……確かにそうだね。
「『ロイヤル』、といえば」
今度は唐突にアツマさんが、
「おれたちが今居る『ロイヤル』なチェーンは、どうやら福岡県が発祥の地らしい」
「なにを言い出すのあなた。なんだか話がズレていっちゃいそうなんですけど」
自分の彼氏の右腕をつねり続ける羽田さんであったのだが、
「あのな、『コズエさん』いるだろ、『コズエさん』」
と、腕をつねられても平気なアツマさんは、『コズエさん』なる未知の人物の名を出して、
「『コズエさん』は『西日本研究会』のメンバーじゃんか。彼女、西日本の外食チェーンにも並々ならぬ関心があるみたいで、前に、ロイヤルなチェーンについての情報を語ってくれたことが……」
3回連呼してアツマさんを遮る羽田さん。
「いつまで経ってもお料理オーダーできなくなるじゃない! お店にも脇本くんにも迷惑だわ」
鋭い目線で自分の彼氏を見て、
「今のあなたカンペキに外食チェーンオタク予備軍」
羽田さんの彼氏は余裕の苦笑いで、
「予備軍か。おまえがそう認定するんなら、そうなのかもな」
「アツマくんヘラヘラしないで」
「わるかった」
「……」
微笑ましい。
これは、ひとことで微笑ましい……。
たしかに、痴話喧嘩がずーっと続いているみたいでもある。
だけれど、喧嘩なのに、息がずーっと合っているのだ。
すごいや。
僕はオーダーするメニューを確定したあとで、左腕で頬杖をつきながら、笑い混じりに、
「素敵だね。」
と、素直な感想を漏らしてみる。
「『素敵』!? 素敵って……いったい、なにが!?!?」
オーバーなほどビックリする羽田さん。
歳上(としうえ)のパートナーらしく落ち着き払っているアツマさんが、
「ばーか。わからんのか」
と歳下(としした)のパートナーに言い、
「脇本くんには、おれたちふたりのやり取りが、素敵に見えてるんだ」
とピシリと言い……僕に向かって微笑みかけてくれる。
『アツマさんってオトナだな。僕の指摘をすぐに理解してくれるし』
素直にそう思った。
一方、羽田さんはというと、メニュー表を立てて、アツマさんや僕から顔を隠すようにして、オーダーするものを急いで決めようとするような素振り。
『こういうオトナになりきれないトコロも、彼女のチャームポイントなんだよな』
ココロの中だけで本音をつぶやく。
アツマさんなら、僕のキモチ……分かってくれますよね?