7月の始まりの朝。
キッチンに立ち、鍋のスープをおたまでグルグルとかき混ぜている。
良い具合に仕上がった。
満足。
鍋にニッコリニコニコと微笑みかけたあとで、間近の椅子に座って本を読み始め、アツマくんが起きてくるのを待つ。
寝室のドアが開いた。アツマくんが起きてきた。
「うーっす」
彼は眠い眼をこすっている。
「だらしないわね。朝の挨拶がもっとちゃんとできないの?」
わたしは叱る。
「おはようだなー、愛〜〜」
「ふざけてるの」
「ふざけてないから。殺気立たなくても良いだろ」
ふんっ。
『怒ってますよオーラ』をピキピキと漂わせながら、アツマくんの真正面に立つ。
怒りを徐々に抑えていき、彼に向かって、見せびらかすように、着ているエプロンを両手の指でつまむ。
「7月になったでしょ。新しいエプロンを密かに作成してたのよ。白地に水色の水玉柄。どう? 清涼感に溢れてるでしょ」
「たしかに、爽やかだな。だが、少し子供っぽい気もするが」
がくっ。
「あなたには、失望したわ、アツマくん」
「なんだその俳句や川柳みたいなリズムは」
「わたし21歳なのよ。中学生や高校生じゃないの」
「それがどうした」
「わたしのコトをいつまでも10代の美少女だとか思ってないで……」
「さりげなく自慢をするな」
「してません!」
「ハイハイ」
10代の美少女から1段レベルアップした顔で、じぃーーっ、とアツマくんを見上げる。
「愛。朝のスープを作ったんだろ? あっためてくれや。朝飯だ朝飯」
キッチンの方にクルリと向きを換え、お望み通り、鍋の前に歩み寄って火をつける。
「それにしてもさー」
背後のアツマくんが間の抜けまくった声で、
「おまえの髪、どこまで伸びるんだって感じだよなー」
際限なく髪が伸びているのは事実。
でも、
「あなたは、髪の短いわたしより、髪の長いわたしの方が好きでしょ?」
アツマくんからの答えが返ってこない。
恥ずかしがってるのかな。
スープは、良い塩梅に温まってきている。
× × ×
時間は一気に飛んで、夕食後。
焼鮭と豚の角煮をメインおかずとした夕食を食べ終わったわたしとアツマくんは、ダイニングテーブルで依然向かい合っている。
某スポーツ新聞の横浜DeNAベイスターズ関連記事を凝視していたわたしだったが、やがてパサリ、とスポーツ紙を置く。
『僕のヒーローアカデミア』という漫画の単行本を読んでいるアツマくんに、
「ねえ。わたし、7月に入ったから、新しい『企画』を考えてるの」
「企画ぅ?」
「あなたとわたしのふたり暮らしに新しいシステムを導入するのよ」
「システムぅ?」
ジャンプコミックスを彼から奪い取り、
「ポイントカードあるでしょ、ポイントカード。買い物したり食事したりするとポイントが貯まっていくカード」
「いや、それぐらい当然に知ってるが」
「ポイントカードを手作りするのは難しいけど……」
「ん?」
「アツマくんにだけ付与してあげたいポイントを考案したの」
「ちょっと意味が分からない」
「わかって」
「わからん、もっと詳しく」
「『愛ポイント』。」
「あい……ポイント……??」
「アツマくん。あなたが、何か1つ良いコトをしたら、その場でポイント進呈してあげる」
『何を言い出すんだコイツは』的な顔になっているわたしのパートナー。
一切構わず、
「付与するポイントの値(あたい)はわたしの裁量。当然だけど、ポイントが貯まっていけばいくだけ良い」
わたしの鈍感なパートナーは首を傾げながら、
「そのポイントはどーやって管理すんの」
「家計簿とはちょっと違うけど、専用のノートに逐一書き込んでいくつもりよ」
「まさかのアナログかいな」
「わるい?」
「そうは言っとらん」
わたしは余裕だから、その余裕さゆえに、笑いすらもこみ上げてきて、
「試しに、わたしの右手を握ってくれない?」
「握ってどーする」
「はやくー」
大人しく自分の右手を伸ばし、わたしの右手を握ってくれるアツマくん。
彼特有の温かみがジンワリと伝わってきて幸せな気分になったがそれはそうとして、
「『愛ポイント』、25ポイント進呈」
「……ポイント進呈するために手を握らせたのかよ」
「そうよ」
「25ポイントってのは、どういう基準で……」
「基準なんて考えてなかったわ」
「おおぉいっ!?」
「なによ、その派手なツッコミリアクション。大袈裟よ」
「この夏も、おまえの気まぐれに振り回される羽目に……!!」
「わたし、お願いしたいコトがあって」
イタズラ好きな美少女っぽくアツマくんを見つめて、
「朝ごはんも夕ごはんも作ってくたびれたから、あなたに食器を全部洗ってほしいの。あなたならできるわよね? 成し遂げてくれたら、275ポイントよ」
「その中途半端な数値はどこから出たんじゃっ」
「25の倍数〜♫」