【愛の◯◯】ポイント算出不可能になって◯◯

 

火曜日の朝。

おれはキッチンで手を洗っている。

傍らには、我ながら良く出来たサンドイッチ。

手を洗った水を止めたら、背後の寝室ドアが開く音がした。

起きてきたパジャマ姿の愛。おれがキッチンに立っているのに気付くなり、驚きで眼を見張って、

「なにしてるのアツマくん。予想外の早起きね……」

「昨日の朝のおれはだらしなかったから、今日はちゃんとしようと思って」

さらには、

「フッフッフ。愛、このサンドイッチが眼に入らぬか」

「あっ!! サンドイッチができてる」

驚きの声を上げたかと思えば、困惑の表情で、

「このサンドイッチは……朝ごはん用? 今朝のごはんの当番も、わたしだったはずよ?」

「朝飯はこれから作ってやる。おまえもたまには休め」

と言って、それから、

「この特製サンドイッチはだな、『おまえのために』だ」

「エッ」

「あとでバスケットに詰めてやるからな」

「お、お、おひるごはんってコト!? わたしの!?」

「なんじゃあ、ビックリし過ぎじゃねーかー?」

「だってだって、だってだってだって」

「おーい、おちつけー」

愛すべき愛に数歩近付き、

「おまえ昨日言ってたよな。おれが良いコトをしたら、『愛ポイント』を進呈してやると」

テンパりながらも頷く愛に、

「これは、『愛ポイント』だと、何ポイントだ?」

考え込み始めてしまう愛。

何ポイントかを考えているのだ。

俯き気味になる。

俯き気味になったかと思ったら、なぜか、首をブンブンと振る挙動。

いっそう目線を下げ、考えを突き詰めているご様子になる。

そして、ようやく結論を出せたようで、顔を上げ、

「705ポイント」

おー。

「おー、ずいぶん大盤振る舞いだなあ」

「わたしのためにサンドイッチ作ってくれたんだから、大盤振る舞いにもなるわよ」

「けど、705ポイントの5ポイントは、いったい何なんだ?」

「……大盤振る舞いの、結果。」

「なんだそれー」

 

× × ×

 

で、夕暮れ時。

おれは先にマンションに帰っていた。

部屋の玄関に入ってくる愛を出迎えてやる。

「5限目に授業が入ってなかったから、サークルメンバーとカラオケに行ってたんだよな。楽しかったか?」

訊くおれ、だったのだが、カラオケの報告をするコト無く、サンドイッチを入れていたバスケットを無言で差し出し、

「美味しく作ってくれて、ありがとう」

と、照れ混じりというよりは、デレ混じりの声でもって、感謝のコトバを告げてくれる。

優しくバスケットを受け取る。それから、愛の頭上に、優しく右手のひらを置いてやる。

「どういたしまして、だな」

とおれ。

「あなた、サンドイッチ作るのが、とっても上手になってた」

と愛。

「仕事場のカフェで鍛えられたのさ」

「そうね。そうよね」

おれは、サワサワと、愛の頭をナデナデしてやる。

ゆっくりと右手を愛の頭から離す。

愛は、ゆるゆるゆるとダイニングテーブルに歩いていき、椅子に座り、キッチンの方角を見やる。

おれに合わせられない視線。

デレているのは明白だった。

 

× × ×

 

トントントンとまな板でキュウリを刻んでいるおれ。

バスルームから愛が出てくる。

長〜い髪をバスタオルで拭いている。栗色の長〜い髪が、まだかなり、しっとりと水分を含んでいる。

「適当にくつろいでいてくれ。あと15分もしたら、夕飯が出来上がる」

「わかったわ」

そう言った愛の目線がちょっぴり、おれの顔から逸れていた。

いまだにデレてるってか。デレが持続してるってか。

リビングのソファに愛は大人しく赴き、液晶テレビの電源を入れる。ケーブルテレビのスポーツ専門チャンネルを選局し、野球中継をボンヤリと眺める。

ちょうど15分後に、おれの手による夕飯が完成。

「できたぞ〜」

声を掛けたら、ゆるりとソファから立ち上がり、ぺたぺたとスリッパを鳴らしつつ、キッチンに近寄ってきた。

「なあなあ。愛よ、夕飯の『いただきます』を言う前にだな」

真正面から見下ろしつつ、おれは、

「サンドイッチが美味しかったのは、何ポイントになりそうだ? 教えて欲しいぜ」

と言ってみる。

「……」と愛すべきふたり暮らしパートナーは沈黙モードに入ってしまい、ガハガバ裁量の『愛ポイント』を算出できなくなっていく。

しょーがないねー。

おれは、もう1度、愛の頭上に右手のひらを密着させる。

「……デリカシーが無いわね」

弱りきった声が届く。

「おれはポイントを出して欲しいんだが?」

窮地に陥った愛は、

「今は、できないっ! 夕ごはん食べてから、考えるっ!!」

と、顔を赤らめながら――。