デパートに徒歩で向かおうとしている。
右サイドには愛。
左サイドにはあすか。
つまり。
例によって、「サンドイッチ」されているのである。
「おまえらもサンドイッチが本当に好きだよな」
おれが言うと、愛が、
「そうね。サンドイッチ食べるのも好きだし、こうやってアツマくんをサンドイッチするのも好き」
と言って、おれの顔に向かって視線を注ぎ、
「アツマくんだから、サンドイッチしてあげるのよ?」
なんだそれ。
「特別扱いしてあげてるってことよ。わたしとあすかちゃんの優遇に感謝してよ」
優遇ってなんやねん。
愛はあることないこと言っているが、あすかの口数が少ない。
朝起きてからずーっと、あまりコトバを発していないのだ。
朝飯のときも、おれや愛の言うことに対して、軽い相槌を打つだけで。
とりあえず、兄貴の務めで、
「あすか、体調でも悪いんか? おまえ朝からぜんぜん喋ってないじゃんか」
と、おれの左サイドで歩いている妹を見下ろす。
「……」
あすかの沈黙。
おいおい。
「質問に答えてくれないなんて、やっぱり調子が……」
言いかけた。
その途端。
あすかが、おれの腕に、自分の腕を絡めてきた。
おれの左腕に、右腕を。
「なんだぁ!?」
驚きの声を上げてしまうおれ。
なぜかあすかは顔を逸らしている。
「調子が悪いわけじゃないのよ、あすかちゃんは。昨晩お兄さんのあなたにいっぱい助けられたから、それで胸がいっぱいになって、口数が少なくなってるの」
愛が説明してくる。
「ホンマかいな、愛よ」
「どうして関西弁になるのかしらね」
愛は若干ニヤけ顔。
「愛。おまえの説明の理屈が分からん……」と言いかけたら、
「だいたいそんな感じ。おねーさんが説明してくれたような感じ」
と、おれから顔を逸らしたまま、恥じらいの籠もったような声で、おれの妹がコトバをこぼすのであった。
× × ×
「兄貴に照れてどーする。おまえらしくもない」
某デパート。エスカレーターに乗りながら、後ろの妹に言う。
「それもそうだね」
妹は言って、
「優しくされたから、口数少なくなっちゃってたけど。ここからは、遠慮はしない」
「兄妹なんだから、遠慮もなにも無いだろ。もっと喋ってくれ」
「わかった」
エスカレーターを降りる。
あすかがおれの右サイドに立つ。
そして左手で、おれの右手を握ってきて、
「お願いがあるんだけど」
「言ってみろ」
「服を買いたいの。試着しながら選ぶから、お兄ちゃんの意見を言って」
「それ、試着室の前に立ってろってこと」
「うん」
滅多に無いシチュエーションだ。基本的に服は兄妹別々に買っているから。
「いいよね?」とあすか。
「いいよ」とおれ。
「ちゃんと意見してよね。誤魔化したりはぐらかしたりは、ナシだよ」
「ああ。気が済むまで試着してみろ」
× × ×
10回目の試着。
カーテンが開く。
「良(い)いな、それ。今回のがいちばん似合ってると思うぞ」
直感で言った。そして本心で言った。
試着室のあすかが、はにかみ混じりに笑った。
しかし、せっかく兄妹で通じ合ったというのに、おれの左横からヒョコッ、と愛が顔を出してきて、
「7回目に試着した服のほうが、あすかちゃんには似合ってない?」
とか言ってきやがる。
「空気を読めよ」とおれ。
「えーっ」と愛は不満そうに、
「アツマくんのセンスは、あんまり当てになんないし」
するとあすかが、
「おねーさん。お兄ちゃんに選んでもらうって趣旨なんですから」
「そうだけど、アツマくんの審美眼だけだと、頼りないでしょ?」
審美眼だとか、大仰なコトバを持ち出しやがって。
「おねーさんの気持ちも分かるんですよ。分かるんですけど」
あすかは苦笑しながら、
「たしかに、お兄ちゃんのセンスは当てにならないかもしれない。だけどぶっちゃけ、おねーさんのセンスもあんまし当てにならない」
「そ、そんなっ!?」
「ここはお兄ちゃんに譲ってあげてくださいよ」
テンパる愛を、あすかが諭(さと)す。
愛はあすかにタジタジになる。
× × ×
帰り道。
「あすかちゃん、なんか、ごめんね」
おれの右サイドの愛が、申し訳無さそうにしている。
「あすかちゃんの試着のとき、出しゃばっちゃった」
左手で服の入った紙バッグを持った左サイドのあすかが、
「いいんですよ。いいんです」
「でも、兄妹が主役の買い物だったのに、脇役のわたしが、空気を読めず余計なことを言って」
「そんなこと言いなさんな、おねーさん」
レアなたしなめかたで、あすかが愛をたしなめた。
萎(しぼ)む愛。
しおしおな状態の愛を見かねて、おれは愛の頭頂部に右手を乗っけて、
「おまえがしおしおになって、どーすんだ。もっとシャンとしろ」
「シャンとするって言ったって。どうすればいいのよ、アツマくん」
「背筋を伸ばして、前を向いて歩け」
「前を向いて歩いた先に、なにが……」
左サイドからあすかの笑い声が聞こえた。
おれの妹は笑いながら、
「おねーさん、混乱してて、面白い」
「あ、あすかちゃん!?」と見る見るうちに愛は赤面。
「そんなおねーさんも、可愛くって好きですよ」
愛を翻弄し始めたあすかは、
「お願いしたいことがあって」
「え!?」
「なんでそんなにリアクションがオーバーかなあ。面白いからいいけど」
余裕顔でそう言うあすか。
「お願いごとの、中身は」
問う愛に、
「今日寝るまで、お兄ちゃんを貸してください☆」
と、あすかは返す。
「貸す……って。もっと具体的に」と愛。
「いま具体的に言っちゃったら、つまんないでしょ?」とあすか。
あすかは、おれの左腕を両腕で握ってきて、自分のほうに引き寄せる。
ベタベタしたい気持ちが、おれには理解できる。
「あすかちゃん……ブラザーコンプレックスね。いつもとは打って変わって」
ビックリした御様子の愛に、
「1日限定。」
と、幸せそうな表情で、おれの妹は告げるのだった。