こどもの日。
ゴールデンウィークも大詰めである。
自分の部屋でダラダラしていたい。
だからおれは、午前中いっぱい部屋に籠(こ)もって、『積んでる漫画雑誌をひたすら読んでやるぞ~』と思っていた。
しかしながら。
休刊してしまった「イブニング」の最終号に手をつけようとした瞬間に……馴染みのあるノック音が。
× × ×
愛が、床にペッタリと膝(ひざ)をつけている。
「朝ごはん食べたら、すぐにお部屋に引っ込んじゃうんだもの。もっとコミュニケーションしてほしいわ」
不満を表明する愛。
表明されたおれは、
「昼になるまで待ってくれや」
「どうして??」
一気に悲しそうな表情になる愛……だったのだが、いかにもわざとらしい。
演技が入っている。
まったく。
「愛さん。ボクはですね、漫画雑誌を消化するお仕事があるんですよ」
「なにそれ」
「なにそれ、じゃありませんから」
「どうしてそんな口調になってるのよ。アツマくんらしさがゼロよ」
ちっ。
「ゼロのアツマくんね」
なんだよそれ。
「ねえ。
あと5分ほどしたら、あすかちゃんがこの部屋に来るわ」
えーっ。
「あいつ、おれになんの用が」
「なんの用があったっていいでしょ」
「……」
「あの子は、あなたの妹なのよ!?」
……そうだが。
× × ×
本当に約5分後に部屋に入ってきたあすか。
部屋にあるものに隈(くま)なく眼を凝らしたかと思うと、
「『ふたりソロキャンプ』の単行本が積んである。あの漫画、面白いよね」
と言い、
「『焼いてるふたり』の単行本もあるじゃん。あれも、面白い。いつアニメ化するのかなあ?」
と言って、
「あ、『こち亀』の単行本第40巻なんてのもある。お兄ちゃん、『こち亀』をコンプリートする気でもあるの?」
と言う。
「あすか」
おれは妹に、
「おまえって、そんなに漫画人間か」
「漫画人間!? どういうこと」
ったく。
瞬間湯沸かし器かよ。
一気にエキサイトしやがって。
「おれに貸してほしい漫画とか、ありそうだな」
「無いよ」
「無いのかよ?」
「べつにお兄ちゃんのこと、レンタルコミックショップだとか思ってないし」
「それはようござんした」
唖然として、
「なんで突然ヘンテコリンな言葉遣いをするわけ……?? 意味不明だよ、意味不明お兄ちゃんだよ」
と妹は。
「あのなあ、あすか」
おれは、
「意味不明なところも引っくるめて、兄貴なんだ。そこは、理解してほしいな」
「……なにそれ。意味不明なのなら、理解なんてできないよ」
「タハハ」
「もっとちゃんとしてよっ、社会人なんでしょ!? 大人なんでしょ!?」
うん。
たしかに、妹の言う通り。
大人らしい態度も、示さねばならんよな。
……ならんのだが、
「あすか。
そうやっておれを問い詰めてくるのも、おまえらしさなんだよな。
嬉しいよ、おれ。
なんか久々に、攻撃的なおまえを見ることができてるから。
愛とふたり暮らしで普段はマンションだから、今みたいに大型連休でプチ帰省しないと、おまえの様子は分からないからな」
「なんなの……お兄ちゃんの言いたいことは。もっと的を絞って話してよ」
眉間にシワを寄せる妹。
微笑ましいじゃねえか……。
おれは、
「じゃあ、ひとことで言ってやる。
離れていても、兄として、おまえのことを、想ってる」
一瞬にして、あすかが狼狽(うろた)え顔になる。
泳ぐ眼。
ひとしきり眼を泳がせたあとで、床から腰を上げる。
完全に下向き目線でもって、おれのベッドに着実に接近してくる――。
「どーしたよ」
軽く尋ねてみる。
すると、ベッドに座るおれの真ん前に立って、目線はまだ上がらないながらも、
「……。お兄ちゃんに、クイズ」
「クイズぅ?」
「『恥ずかしいセリフ禁止!』が口癖のキャラクターが出てくる漫画は?」
「そりゃ、『ARIA』に決まってんだろ」
「……正解。悔しいけど、正解」
ここで、愛も床から立ち上がる。
スタスタとベッドにやって来て、あっという間におれの右隣に着座。
おれの右の手の甲に、左の手のひらをあてながら、
「あすかちゃん。アツマくんに、サービスしてあげましょうよ」
と言う愛。
「サンドイッチ作戦よ。両側からアツマくんを挟み込んで、美少女ふたりでサンドイッチするの」
美少女ってなんじゃいな。
なんじゃらほい、と思うおれであったのだが……愛に忠実なおれの妹は、アッサリとおれの左隣に着座して……めでたく、「サンドイッチ」が完成する。