愛の様子が心配で、大学を午前中で切り上げて帰ってきた。
開けっぱなしになっている愛の部屋のドア。
中を見てみる。
椅子に座った愛が、窓辺でボーッと外の風景を見ている……。
「愛」
呼びかける。
「いたんだ、アツマくん。――おかえり」
「おまえ――午前中は、なにしてたんだ」
「……なにをしてたのかなあ」
お、おい。
「ストレッチは、したかな。軽いのだけど」
「音楽を聴いたり……本を読んだり……とかは?」
「しようとしたよ。しようとしたけど」
「できなかったのか」
「できなかった。音楽聴こうとしても、本読もうとしても、長続きしなかった」
重傷じゃねえか。
「アツマくん、わたしね……」
「……」
「2年生になってから、3冊しか、読み終わった本がないの」
「……」
「いつもの調子なら、ひと月に30冊は余裕なのにね。…おかしいよね」
「愛……。」
「なあに?」
「……大丈夫か。」
首をふるふる横に振って、
「わかんない。じぶんでも、わかんない」
と愛は答えるだけ。
× × ×
おれ同様、あすかも午前中で大学を切り上げ、帰宅していた。
流さんも、半休をもらって仕事から帰ってきていた。
3人で、話し合い。
……しかし、解決策が浮かばない。
「気力が萎えちゃっているのかなあ」と流さん。
「きっと、ひとり暮らしがうまくいかなかったショックの、反動だよ」とあすか。
「立ち直ってくれるだろうか……」とおれ。
「流さん」
と、あすかが流さんに向かって、
「流さんは、登校拒否になったこと、ありますか?」
と訊く。
「無いね…いちども」
「わたしも、ないです…」
こんどは、妹はおれの顔を見て、
「お兄ちゃんは、中学時代イジメられてたことあったけど、それでも学校には通ってたよね」
そんな過去も……あったな、そういえば。
「まあ、おれが強くなって、イジメも解決したし。『学校行きたくねえ…』とかグズってたときもあったけど、結局は一時的なものだったからなあ」
「今回のおねーさんの登校拒否って……一時的なもの、なのかなあ?」
う。
「わたし、イヤな予感しかしないよ……。どうやって、おねーさんに寄り添ってあげればいいんだろ」
× × ×
テレビを眺めて、気を紛らせていた。
そしたら、だれかがリモコンを操作して、テレビを消した。
あすかだった。
「お兄ちゃん」
「…どーした」
「お兄ちゃんも、中学のとき、『学校に行きたくない』って、つらい思いしたことあるじゃん?? …おねーさんのつらい気持ちを、共感してあげられるんじゃないの??」
「……」
「こ、ここで黙られても困っちゃうよ、お兄ちゃん」
「……。
おれがつらかったのと、愛のいまのつらさは、ちょっと質が違うと思う」
「お兄ちゃん……」
スッとソファから立ち上がって、
「――ところで、母さん、どこに行ったんだ?」
とあすかに尋ねる。
「し、知らないよ」
「探そうぜ。知らないのなら」
「ふたりで?」
「ふたりで」
× × ×
探し歩いた。
ようやく見つけた。
母さんは、邸(いえ)の1階のスミのほうの一角で、椅子に腰掛け、テーブルに片肘をついていた。
母さんを発見したおれたち兄妹は、遠巻きに物思いの姿を見やる。
……声をかけられるような雰囲気ではなかった。
今までになく、母さんが、真剣な表情で、考えにふけっている。
あんなマジ顔の母さんを見るのは……初めてだ。
「……お兄ちゃん。わたし、あんな顔するお母さん見るの、生まれて初めて」
「……おれもだ。あすか」