昨日と打って変わって、あすかちゃんがお兄さんのアツマくんに厳しい。
「ちょっとだらしないよ」
そう言って、出勤前のアツマくんの身だしなみを点検する。
「もっとオトナらしく! もっと社会人らしく! 半端な格好で接客してたら、『リュクサンブール』にお客さんが来なくなっちゃうよ」
「でもどうせ店で制服に着替えるんだし」
「ピントがずれたこと言うんじゃないの、おにーちゃん。制服着てない段階から、全部ちゃんとしなきゃ」
「大げさなことばっかり言う」
「言ってない」
あすかちゃん、突っぱねてる。可愛い。
あすかちゃんは可愛いし、兄妹のやり取りも微笑ましい。
身だしなみを隈なくちゃんとさせて、両手でお兄さんの胸をポーンと叩いて、
「これでよし。全部ちゃんとなってる」
「『全部ちゃんと』にこだわるんだな」
「こだわるに決まってんでしょ、これだから愚かな兄貴は」
「まーた愚兄呼ばわりか」
「残念ながら当然っ!!」
アツマくんは苦笑。
あすかちゃんが攻撃的なのも受け容れて受け止めて、なおかつなんだか嬉しそう。
「ほんとにもーっ。毎朝ちゃんとしてよね、全部」
「ま、おまえが説教したい気持ちも分かる」
自分より20数センチ低い155センチの妹を、ジトーッとアツマくんは見下ろす。
「あすかは、自分でちゃんとできてるもんな、身だしなみ」
そう褒め讃(たた)えてから、
「髪にも服にも乱れがないし」
と。
「あるわけないでしょ」
とあすかちゃん。
「うむうむ。特に、黒髪がサラサラだ」
途端にあすかちゃんに恥ずかしさが発生して、
「ど、どこを見てんのっ、お兄ちゃんっ」
「うろたえんなよー」
「だってっ!」
「ふー」
『しょうがねえ妹だ……』と言いたげに苦笑してから、
「身だしなみが整ってるのに、落ち着きがない。由々しき事態だ」
と言い、一歩距離を詰める。
距離を詰められたあすかちゃんが下目遣いになる。
形勢逆転で戸惑いモードになってしまったあすかちゃん。
そんな彼女に、
「今日の最初の仕事だな」
と言うやいなや、アツマくんは彼女の背中に腕を回していく。
ぎゅーっ、と、抱きしめ。
『!??!!?』と、漫画だったらいくつもの『!』や『?』がフキダシの中に描かれていそうな、そんな勢いで、あすかちゃんが驚愕する。
ディープなインパクトが幾つあっても足りない。そーんな感じ。
「おれがここでおまえを包んでやらんでどーするよ」
もう真っ赤なあすかちゃんの顔。
可愛いったらありゃしないわね。
「そろそろおれは、出勤しないといけないんだが」
抱きしめ続けたまま、
「これからまた、つらくなっちまうことも、きっとあるだろう。困ったら、またここに来るんだぞ。お兄ちゃんがいつでも、おまえを包み込んでやる」
「は……恥ずかしいセリフ、厳禁」
「素直じゃないやっちゃ。ま、それでこそ、おれの妹か」
ステキだな。
アツマくん、きっちり『お兄さんの仕事』ができてる。
模範的お兄さんだから。
だから、こうやって、あすかちゃんを包み込んであげたりするんだ。
兄妹愛。
あったかくて、ステキ。