【愛の◯◯】恥ずかしいセリフも食器に対してなら言える

 

「いってきま~す」と、あすかちゃんが、元気よく邸(いえ)を飛び出していった。

元気に高校に登校。いいこと、いいこと。

 

――あしたは、合格発表なのである。

だれの?

あすかちゃんの。

 

彼女、少しも、気持ちが揺らいでる感じがなかったから――きっと、大丈夫。合格。

 

合格したら……卒業を、待つばかりか。

 

彼女も高校を卒業しちゃうのね。

月日の流れは早い。

あっという間に……来年の春が、やって来ちゃうんだろうな。

 

来年の春になると、アツマくんが、大学4年生になる。

卒業年度。

いよいよ、か……。

 

 

アツマくんは、いくつになっても、だらしがない。

起きて、1階に下りてきたのが、あすかちゃんが登校してから30分以上あとだった。

 

リビングでテレビを見て時間をつぶしていたところに、彼は現れた。

 

「――顔、洗った?」

おはようを言う代わりに、確かめる。

「うんにゃ。これからだ」

だらしなく言う彼。

「賢妹愚兄(けんまいぐけい)」

彼をなじるわたし。

「……ケンマイグケイ、?」

「賢妹愚兄!!」

「……洗面所、行ってくる」

 

逃げたわね。

 

× × ×

 

ダイニングテーブルに、アツマくんの朝食を並べる。

 

アツマくんの正面の椅子に座る。

 

そして、ガツガツと朝食を食べる彼を、両手で頬杖をつきながら眺める。

 

 

「――ごっそさん」

ちゃんと「ごちそうさま」って言いなさいよ。

それと。

「どうしてアツマくん……起きてくるのは遅いのに、ごはん食べるのはそんなに早いの?」

「早食い、悪いか?」

「味わって食べてるのか、怪しい」

「味わってるよ、ちゃーんと」

「信じていいの?」

「ああ。信じていい」

穏やかに笑いつつ彼は、

「ちゃーんと味わってるから……味噌汁の、微妙な味の変化とかわかる。きょうの味噌汁は、平均より少し薄味だった」

「平均って、なによ」

「おまえの作る平均的な味噌汁と比べて……って話だよ」

「ちょっとわかりかねるんですけど」

「愛」

「なんでしょーかぁ?」

「お茶くれ。熱いほうじ茶がいいな」

「ヤダ」

「ええ~っ」

 

……頬杖をつき続けながら、わたしは、

「じぶんの妹の合格発表日があしただっていうのに……信じられないぐらいのマイペースさね」

「おれがジタバタしたって、どうにもならない」

「不安に満ちた顔を見せられるよりは……いいけど」

「おれも、オトナだからな」

「あなたハタチでしょ。オトナになったばっかりでしょ」

「2ヶ月後には、21歳だ」

「……ひとつ歳をとったからって」

「なあ」

「はい?」

「おれの誕生日、1月22日なんだけど――1月22日がなんの記念日だとか、調べといてくれない? 気になるから」

「ど、どうして、じぶんで調べるっていう発想がないの!?」

「あー、じぶんで調べるのも、アリかー」

 

「……きょうは、11月29日なんだけど」

「いい肉の日」

「……のほかに、『ダンスの日』でもあるらしいわ」

「ダンスの日? なんで??」

鹿鳴館が開館した日だから」

「ふぅん」

「アツマくん……どうせあなた、鹿鳴館がどんな役割の建物だったか、知らないんでしょ」

「アレだろ? 鹿鳴館外交、ってやつだろ?」

「……それぐらいの知識はあるのね」

「あるさ」

「舐めてた。ごめんなさい」

「しょげるなよ」

「……」

「おれと、ダンスでもするか? ダンスの日なんだろ?」

「またそうやって、無理やりこじつけるんだからっ」

「おまえが、『きょうはダンスの日だ』と言った、その行為に必然性を与えるんだよ」

「苦し紛れな……」

「苦し紛れなのは、おれじゃない」

「あなたじゃないなら、だれが、苦し紛れなの!?」

「このブログを書いてるひと」

張り倒すわよ!?

「おぉ、こわっ」

 

 

「……アツマくん。もう少し文字数増やしたいし、午前中のうちは、大学に行く必要もないので」

「ので?」

「音楽でも、聴きましょうよ。リビングで」

「音楽鑑賞か」

「つきあってくれるでしょ?」

「ものによる」

ものによらないで!!

「わかったわかった、つきあう、つきあう」

 

やっとのことで、椅子から立ち上がる。

アツマくんが食べ終えた食器を、ぜんぶキッチンの流しに運んであげる。

お湯を出しながら、

もっと……つきあってよね、わたしに。

 つきあってるんだから、つきあってよ。

と、ちょっとばかり恥ずかしいセリフを……アツマくんの食器に向かって、言う。