「あすかちゃん。バースデーケーキ、ちゃんと買ってきてるから」
「ありがとうございます、おねーさん」
「あなたのお兄さんが帰ってくるまで待とうね」
「分かってますよ。2人より3人で食べるほうが美味しいですもんね、バースデーケーキは」
「あはは……」
向かい合うおねーさんが、これ以上無いほどステキな苦笑いを見せてくれる。
「3時のおやつも我慢ですね、今日は」
そう言って置き時計に眼をやると、午後2時20分だった。
午前の講義を受けて、昼ごはんを食べて、『PADDLE(パドル)』編集室の結崎さんを少しだけ冷やかしてから、このマンションへと向かった。
おねーさんは3限の講義が休講になったから、午後はずっとマンションの部屋に居られるとのこと。
ナイスタイミングな休講である。
「アツマくんが帰ってくるまで相当時間があるけど、どうやって過ごす?」
「おねーさんと話してたら、あっという間に時間も過ぎますよ」
「ほんと?」
「ほんと。」
彼女の眼をジーッと見て、
「わたしはお邸(やしき)でのことを話す。おねーさんはマンションでのことを話す。もし、愚兄(ぐけい)になにか至らない所があったら、遠慮なくぶちまけちゃってくださいよ」
「そんなにあすかちゃんは、アツマくんに対する不平不満が聴きたいの」
やはり苦笑いのおねーさん。
「不平不満が無いわけじゃないけど」
と言って、右腕でダイニングテーブルに頬杖をつき、
「わたしとしては、むしろ」
と言って、なぜか気持ち良さそうな眼つきになって、
「『よかった探し』じゃないけど、彼の優しい所や、頼りになる所や、カッコいい所を、いっぱい話してみたいかな」
と……。
「伝えたいのよ」
頬杖をやめて、
「あなたに、あなたのお兄さんの、とってもグッドな所を」
「グッドな所……ですか?」
ゆっくりと彼女はうなずく。
× × ×
バースデーケーキはあっという間に食べ切ってしまった。
フォークを置いて、
「お兄ちゃん」
と、眼の前でおねーさんと隣同士に座っている兄に対し、
「わたし見直した」
と言い、
「頑張ってるみたいじゃん、案外」
と言う。
「頑張ってるって、なにを?」
鈍感な兄に、
「ふたり暮らしを。おねーさんとふたりで暮らしていくための、いろんなことを」
と言うが、
「ふぅむ……。やって当たり前のことをやってるだけだがな」
「それが『頑張ってる』っていうことなんじゃん」
「そっか」
「たまにはホメてあげたいの、わたしだって」
「ほう」
兄は不可解にも、自分のアゴを左の親指と人差し指でつまんで、
「ほっほー」
と不可解なリアクションをして、
「ほっほっほー」
と異常に謎めいたコトバを発してくる……。
なんでおフザケ兄貴になっちゃってるの……と、イライラの芽が成長し始めてしまう。
しかし、
「あすかぁ。
今日はおまえの、1年に1度の大切な日だ。
いま、おまえから、おれのこと、ホメてくれたけどさ。
『お返し』がしたいんだよ、おれとしては。
『お返し』ってのはな、具体的にはな。
おれから、おまえのこと、ホメてホメて、ホメまくって。
いまのおれの喜びの2倍以上の喜びを――おまえに、与えたい」
なんにも、言えない。
お兄ちゃんはさらに勢いづく。
「『おめでとう』の先に進みたいんだ。なかなかこういう機会でないと、おまえのナイスでグッドでエクセレントな所を、気付かせてあげられないし。
あすか。
今日は、おまえの日なんだぞ?
おまえが主役なんだよ。
どこまでも、おまえのためになってやりたい。
兄貴としての――偽らざる気持ちだ」
「…………。
お兄ちゃん。
あ、あのねっ、」
「なーんだっ」
「わ、わたしっ、し、し、深呼吸……をっっ」
「大げさだなぁ、おまえも」
「お、お、大げさじゃないんだもん!! 笑い過ぎないで」
「りょーかいっ♫」