あすかが階段から下りてきた。
「ずいぶん長いこと部屋に籠もってたじゃねーか。なにやってたんだ?」
「黙秘権」
「ハァ!?」
「嘘だよお兄ちゃん。うそうそ☆」
「おまえはまったく」
「中村創介(なかむら そうすけ)さんとビデオ通話してたんだよ」
「創介くんと? なんでまた」
「中村さん、明日がわたしの誕生日だってこと、記憶してくれてたの」
「そうなんか。お祝いしてくれたってことなんだな」
「嬉しかった」
「そりゃーなあ」
「嬉しかったし、お兄ちゃんより100万倍立派だって思った」
おい。
「せめてその100『万倍』を100『倍』にしてくれや。まったく、可愛げが微塵も無いよな、おまえも」
「中村さんね、九州地区のタウン雑誌にコラムを連載することになったんだって。スゴいよね」
「す、少しは兄の話を聴け」
「わたしも母校関係者からチヤホヤされたりするけど、中村さんこそ母校の『伝説』だよ」
頭痛が……。
× × ×
頭痛を振り切って、ガバッ! と立ち上がる。
「なんなの? 突然立ち上がって」
『変な挙動しないでよ』と言わんばかりの表情の妹に、
「なあ、あすかよ。11時半になろうとするところだ。おまえ、そろそろ昼飯が食いたくなってきただろ」
「えっ」
「食いしん坊!! って顔になってんぞ」
「顔!? 顔が食いしん坊になるって、どういう意味!? 日本語が成立してない――」
「つべこべ言うな」
「い、言うよ」
「妹の腹の空き具合ぐらい、顔を見れば分かる」
途端に、ずさささっ……と遠くのソファに逃げていくあすか。
「心底キモい」
あすかは断言。
「キモくて結構」
「開き直り!? 階下(した)に下りてくるんじゃなかった」
「マアマア、そう言わず。
あ・の・な。
今日は仕事休みの『プチ帰省』、本来ならば実家のお邸(やしき)で骨休め、といったとこではある。
だが、しかし。
聞いて驚くな。いや、聞いて喜べ、妹よ。
今から、おれが、ナポリタンを作ってやる」
「なぽり……たん……???」
「なんだよー、もっとよろこべよー」
「ちょ、ちょっと、まってっ」
コトバの通り、『お考えモード』になり始めてしまい、おれを待たせてしまう妹。
……ようやく口を開いたかと思えば、
「お兄ちゃんが、わたしに、お昼ごはんの、ナポリタンを、作るってこと」
なんでそんなにコトバを短く区切るかな。
まだ動揺中ってか??
しょうがねえやっちゃだ。
× × ×
「まあ、賄(まかな)い料理というヤツだ。
店では、もっと本格的なパスタを提供する。
そういった本格的なパスタだって、邸(ここ)にある材料で作れんこともない。
だが、賄いのナポリタンではあるけども……こっちも、なかなか本格なお味がするだろう??」
あすかが右手のフォークを凝視しつつ押し黙る。
どうしたんかねえ。
楽しい気分で妹の様子を眺めるおれ。
妹から返ってくる感想のコトバを期待する。
きっと。
妹は。
あすかは。
「……おいしい」
ほれ~~。
言ってくれるって。
言ってくれるって、思ってた。
余計にも、
「……くやしい」
という形容詞を付け加えるあすかだったが、その余計も織り込み済みだ。
右手のフォークを皿に持っていき、ナポリタンを巻く。
それから、口に持っていく。
あすかの皿は空になった。
「食後のコーヒーでも飲むかあ?? それとも、紅茶のほうが良いか」
「……」
「おれな、美味い紅茶だって淹れられるようになったんだぞ」
「……」
「おおーい」
「……くやしい」
「なぜに悔しがる。兄の料理の腕とかコーヒーや紅茶を淹れるスキルとかに嫉妬せんでも――」
「くやしい」
「よくないぞぉ、誕生日前日に、悔しい気持ちを溜め込むのは」
「くやしい!!」
――耳を傾けようね。
兄貴の言ってることには。