【愛の◯◯】おねむないもうと

 

常識的な時間に起きた。

やればできるんだ。

 

リビングに下りる。

そしたら、制服着た妹と、バッタリ。

 

「おはよう、あすか」

「おはよう……」

「なんだその、なにかを警戒してるような顔は」

「だって……」

「だって??」

「……お兄ちゃん、また『愛兄弁当』を作ったんじゃないかって」

「おれ、いま起きたばっかり」

「……じゃ、作ってないね」

 

ホッと胸をなでおろす妹。

なでおろすな。

 

…なるへそ。

ちょうど先週の水曜日が、

あすかの誕生日かつ、『愛兄弁当記念日』だったわけで。

初めてあすかに愛兄弁当を作ってあげた、先週の水曜日。

だからもしや、今週の水曜日も……と、ビクビクしてたわけだな。

戦々恐々としなくたっていいだろ、とは思うが。

お兄ちゃん時間はあるし、いつでもまた、作ってやるぞ――。

 

× × ×

 

で、夕方。

妹が帰宅した。

 

疲れた~」と、リビングに入ってくるなり、ソファにべったり。

 

荷物が多そうだな。

ここは、兄として、ひと肌脱ぎ――、

 

「あすか。荷物、おまえの部屋に運んでやろうか?」

 

しかし、おれの善意を叩き潰すように、

 

なに気色悪いこと言い出すのっ

 

……そりゃねぇよ。

 

あすかは、派手にのけぞっている……。

のけぞるなっ。

お兄ちゃん、気色悪がるなっ。

 

そんなにキモがられるってことは――、

日頃の行いが悪いんだろうか?

――哀しくなってきた。

 

 

× × ×

 

夜である。

 

リビングのソファにて、妹が少女漫画を読んでいる。

くらもちふさこの『いろはにこんぺいと』という漫画らしい。

80年代の作品らしいが、まったくわからない。

 

おもむろに、不敵な笑みで、

「…読んでみたい? お兄ちゃん」

「な、なに言うか、妹よ」

「一瞬そんな眼してた」

「してねーよ」

「…だよね。読まないよねお兄ちゃんは。少女漫画アレルギーだったよね」

「アレルギーって、おまえなあ…」

 

 

おれは、しばらくソファにふんぞり返っていたが、次第に手持ち無沙汰になるのは避けられなかった。

 

 

…ふと、妹の異変に気づく。

 

よく観察してみると、漫画本を持ちながらも、読んでるんだか読んでないんだかわからんような挙動になってきている。

 

からだは前後に揺れ、眼は閉じたり開いたり。

 

つまり――ウトウトしているのだ。

 

 

背中から、ソファに身を委ねたかと思うと、

あっけなく、グッスリと眠りの世界に入ってしまわれる妹。

漫画本が、床に転げ落ちる。

 

 

やれやれ……。

 

 

落ちた漫画本を拾い、テーブルに乗せる。

 

それからいったんリビングを離れる。

 

タオルケットを持ってくる。

 

ソファで眠りこける妹のからだを包むようにして、タオルケットをかけてやる。

 

 

……漫画本も読み通せないほど、疲れちまったってか。

 

頑張り屋だなあ、おまえは

 

寝入っているあすかには、

おれのことばは、聞こえていない。

 

でも……いいんだ。

聞こえてなくたって、かまわない。