愛が冴えない。
せっかくおれが朝飯を作ってやったというのに。
「なんだー。おまえもしや、おれの朝飯が美味しくないんか」
小さく首を振って、
「そんなことない。わざわざ作ってくれたことに感謝してるし」
しかし、愛の皿のオカズはあまり減っていない。
「食欲不振か?」
訊けば、弱った声で、
「食欲不振というよりも、食べるスピードを上げられないの」
ふむ。
「ごめんねアツマくん。朝からこんなにテンション低くて」
「いや、謝らなくていいが」
肩を落とす愛をジックリと眺め、
「大学は、休んだほうがいいかもな。ゆっくり部屋で休んで、気持ちが上向くのを待ったらどうだ?」
愛はショボショボと、
「休むかどうかは、自分で決めるわ」
× × ×
少し早めにマンションに帰る。
そうするしか無かろう。
夕暮れが近づくなか、部屋の玄関ドアを開ける。
愛が歩み寄ってくる。
「結局おまえ、大学は……」
そう言いかけて、愛がグッタリとしていることに気付く。
「どーした? もしや、大学の講義に出席して消耗しちまったとか」
下を向き、ふるふると首を横に振り、
「大学には行かなかったの。引きこもってた」
ふうむ。
「部屋で1日過ごしても、ネガティブな気持ちは改善されなかったか」
今度は首を縦に振った。
「友だちと連絡取ったりは?」
「何人かとLINEしたけど、当たり障りの無いことしか言えなかった。心配させるのも悪いから」
「つらくなかったか。部屋に独りで、おれの帰りを待ってて」
「『つらくなかった』って言ったら、嘘になる」
「悪かったな。朝のうちに、もっとおまえのつらさを分かってやるべきだった」
そう言いつつ、靴を脱いで部屋に上がると、
「アツマくんは悪くないわよ」
と、愛がどんどん距離を縮めてくる。
そして、ぐにゅっ、とおれの胸に抱きついた。
とりあえず、抱きつく愛の背中を何回かポンポンと軽く叩いてやる。
× × ×
同級生が進路を決めかけている。
自分は留年するから、進路を決めようとする同級生たちに置いていかれるような気持ちになってしまう。
そして、自分の将来が不安になってしまう。
ただでさえ留年は重いし、具体的な進路も思い浮かべられない。
丸テーブルを挟んで向き合う。
自分の苦しみを伝えてきてくれた愛は、正座を続けている。
正座にならんでも……と思うが、姿勢は本人の好きにさせるとして、
「助けてほしいよな」
と問い掛ける。
もちろん、
「助けてほしい」
という答えが返ってくる。
「美味いもん食ったら、気持ちも晴れるかもしれんし」
丸テーブルに左肘をつけて、頬杖しながら愛を見て、
「おれの作る夕食で、どれだけおまえを元気づけられるかは、分からんけど」
と言って、
「今の料理スキルで、精一杯努力するから。そんなにカタくならないで、ソファでゴロゴロしたりして待ってろよ」
と言って、立ち上がる。
× × ×
食器を洗って片すついでに、キッチンを軽く磨いてみる。
それから振り向いて、ダイニングテーブルの椅子に座ってホットココアを飲んでいる愛をまっすぐ見る。
今日はブラックなホットコーヒーは封印である。
顔を少し赤らめている愛が、
「ちょっと……立ち直れたかも」
「そりゃ嬉しい」
「アツマくんのお料理のおかげ。今の状態のわたしだと、アツマくんみたいに美味しくは作れない」
「嬉しいこと言ってくれるねぇ、愛ちゃんよ」
愛は苦笑いで、
「ヘンテコな口調で感謝しないでよ」
と言い、
「わたしだって嬉しいのよ? 美味しいお料理を食べさせてくれたんだから」
うむうむ。
キッチンを背にして、しばらく愛の様子を観ていた。
「なあ」
おれは、
「おまえって、ピンチの時と、そうじゃない時の差が、激しいよな」
「どういうこと?」
「普段は、おれが手を貸さなくたって、なんでもひとりでできるじゃねーか。だけども、いざ追い込まれると、なーんにもできなくなっちまう」
愛は沈黙。
図星の証拠。
「本当にピンチでどうしようもなくなる前に、頼ってきてほしい……とも思うわけだが」
と言い、
「大ピンチ状態で、『なんでもできる』の真逆になっちまうおまえも、捨てがたく」
とも言い、
「現在(いま)のおまえは、大ピンチ状態から抜け出しかかってる段階だと思うんだが」
と言ってから、いったんコトバを切り、それから、
「現在(いま)みたいなおまえが、いちばんカワイイかもしれない」
と、嘘偽りを混じらせることなく、告げる。
「どうしてそうおもうの……? アツマくん」
一気にうろたえて、まじまじとおれを見ながら言ってくる愛。
愛の疑問に敢えて答えてやらない。
答えてやらないほうが、カワイイ愛が持続すると思って。