「笹島飯店(ささしまはんてん)」の前に妹と来ている。
「笹島飯店」は、おれの母校たる高校の後輩の笹島マオの実家だ。おれとおれの妹のあすかは同じ高校を出た。マオはあすかの先輩というコトになる。
マオは高校卒業後、実家たる「笹島飯店」で働いている。
この町中華で昼飯を食うのも割りと久々だな……と思いつつ、妹を背にして扉を開ける。
「あっ、こんにちは、いらっしゃいませ!!」
白エプロンのマオは元気に挨拶してくれる。おれとあすかは、漫画雑誌の並ぶ棚近くの席に座る。
「『この前』はありがとうございました、アツマさん」
お冷やのコップを2つ置き、マオが笑顔で言ってくれる。
あすかは疑わしい表情で、
「『この前』?」
「おれが、マオのお悩み相談に答えてやったんだよ」
「えっ、マオさんのアドバイザーになったってコト?」
「そうだよ、あすかちゃん。わたし、アツマさんをますます尊敬するようになった」
妹は、マオに言われても、まだ半信半疑。
「注文しないとな。おれはチャーシューメンの大盛りとギョーザにしよう」
半信半疑の顔で妹は、
「野菜ラーメンとギョーザでお願いします」
とマオに。
優しい表情でマオがあすかを見つめた。
あすかが少し戸惑った。
「マオ。どうやら、葉山とはうまく行ったみたいだな」
「はい。彼女とのわだかまりも無くなりました!」
「そりゃあ良かった」
オーダーを伝えるためにマオが厨房の方に歩いていった。
「兄貴? マオさんと葉山さんとの間にいったい何が……」
「その話は食ってからだ」
「マオさん、妙に嬉しそうだった」
「言ってたろ、おれのコト『ますます尊敬するようになった』って」
「それが不可解だよ」
「おれも、幸せ者だな。慕ってくれる子が多い」
「そのメカニズムもわたしには分かんない」
「メカニズムって、おいおーい」
「……」
押し黙り、厨房の方角を妹は凝視。
× × ×
「つまり、マオと創介くんの後押しにもなったってワケだ」
「マオさんと中村さんと葉山さん、そんなコトになってたんだね。中村さんと葉山さんの接点についてはマオさんから教えられてたけど」
「葉山に妬いてる様子のマオは可愛かったな」
「コラッ兄貴。『可愛かった』なんてみだりに言わない」
「おまえはマオを可愛いと思わんのか?」
「話のピントをずらさないでよ」
昼飯を食い終え、マオに『またな』と言って店を出て、邸(いえ)までの帰り道を歩いているのだ。
「『知り合いの女の子が可愛い』とか軽はずみに言うなんてどうかしてるよ。気持ち悪いの一歩手前」
あすかがおれを批判する。
「慕ってくれてんだから、キモチに応えてあげたくなるのも当然の成り行きだろ」
「兄貴のそーゆートコロがキモいって思う」
苦笑いしつつ、歩くスピードを緩め、右隣の妹を見下ろし、
「おまえに対しても、だ。キモチに応えてやらねばならんと思ってる。兄として。鈍感な方ではないからさ」
「何が言いたいの。寒気がするよ、こんなに気温は高いのに」
「キモいと思われても、昨夜みたいにパンチを食らっても、例えばお悩み相談だとか、おまえの話に幾らでも乗ってやるよ」
妹はプイッと顔を背け、
「兄貴の言い草、ありえない」
と呟くように言う。
へへっ。
邸(いえ)に着実に近付いている。
お兄ちゃんの愛情がキモいのならば、話題を転換させてやるコトにしよう。
急転換なのかもしれないが。
「なーなー、あすか」
呼び掛けたのに妹はおれを見上げてくれないけど、構わずに、
「おまえと利比古が『ひとつ屋根の下』になって5年目なワケだが。おまえは、現在(いま)の利比古について、どう思ってる?」
予想以上に慌てた声で、
「利比古くんのコト!? 唐突過ぎるよ。しかも、『どう思ってる?』って、漠然とし過ぎじゃん」
「それなら、例えばさぁ、『男らしくなった』とか、『頼れるようになった』とか」
妹は立ち止まってしまう。
数分ほど、硬直してしまったかのような御様子になる。
そしてそれから、
「頼れるようになったのは、実感してる」
と、利比古を評価。
ほほお。
興味深いねえ。
「だけど、男らしくなっただとか、そんなのは全然思うコトできない」
「まあなぁ。おれなんかと比べると、利比古はずっと『ソフト』だからなぁ」
「『ソフト』? 何それ」
「柔らかい感じがするってコト」
おれのコトバを承(う)けて1分間ぐらい考え込んだ妹は、
「まあ、体格にしても、性格にしても、兄貴とかと比べたら、柔らかい方だけど」
と言い、
「それも良し悪しだよ。柔らかいのは弱点でもあるし。『もう少し強気になれないのかな?』って思っちゃうのも、しばしば」
そうなのならば。
「だったら、あいつが偶(たま)にすっごく本気を出す時とかは、ビックリするし、強く印象に残るんだよな」
「……もうちょっと分かりやすく言って」
「おまえは、ここ1年間で、『利比古の本気』を何回見た?」
「本気って、何に対して、誰に対して」
「『おまえに対して』本気を見せるコトが何回あったのか」
「んっ……」
「できたら、教えてほしいトコロだが」
あすかは何故か歩くスピードを速める。
その速さについていくおれ。
おれから逃げるがごとくスピードをさらに速めるが、おれは余裕で追っていける。
「コメント拒否ですかー、あすかさーん」
あすかは一切振り返らず、
「そんなコトをバカ兄に伝えるぐらいなら、バカ兄にキモいスキンシップされる方が、全然マシだよっ!」
と、ギザギザした口調で――。