【愛の◯◯】20代に足を踏み入れた女子の笑顔

 

「利比古。せっかくの連休なんだし、あんたにお料理を教えてあげたいわ」

「どんな料理を教えるつもりなの? お姉ちゃんは」

「当ててみなさい」

「え。ノーヒントで? そんなムチャな」

利比古の姉たる愛は少し機嫌を損ねて、

「悪かったわねえノーヒントで」

と不満をこぼし、

「わたしはね、スープの作りかたを教えたいの」

「お姉ちゃん、スープなんて無数にあるでしょ。具体的なスープの名前を言ってよ」

「んー」

先程の不機嫌さが嘘のように楽しげな顔になって、いろいろと面倒くさい利比古の姉ちゃんは、

「具体的には考えてなかった。この場で決めてもいいかしら?」

 

× × ×

 

「なんで昼間っからグッタリなの? 利比古くん」

「あすかさん」

愛と入れ替わりにやって来たあすかは、愛と同じく利比古の真向かいのソファに座っている。

利比古はやや目線を上げつつ、

「姉に振り回されてしまったので……」

「それは是非とも詳しく聴いてみたいところだねぇ」

「ずいぶんと愉しそうに言いますね……」

観念した利比古は、さっきまでの姉とのやり取りを説明する。

「14時になったらキッチンに行かないといけないんです。気が重いです」

「なんでー? 姉弟同士のふれ合いじゃん。始まる前から気が重いだなんて、おねーさんが可哀想だよ」

「姉の指導の厳しさよりも、ぼくに対する積極性が重荷になるんです」

「よくわかんない」

「……あすかさんは、姉の生来(せいらい)の気まぐれさとか、気にならないんですか?」

「ぜんぜん☆」

あすかはニコニコと、

「自分のお姉さんにそんなに苦手意識持つなんて、どーかと思うよ? もっとココロを開いてあげなくちゃ☆」

 

× × ×

 

夕飯の片付けをしたあとのダイニング・キッチン。

もちろん窓の外は夜の暗さである。

ダイニングテーブルに残っているのは、おれとあすかだけ。

「あすか。おまえもう少し利比古のキモチも分かってやれよ」

「キモチ??」

「あいつは自分の姉のことが苦手なんじゃないんだ。ウンザリするときもあるってだけなんだよ」

「ま、たしかにね」

「気を配ってやれ」

「うん。アフターケアしとく」

ほんとにアフターケアするんかいな。

イマイチ信用できねぇ。

あすかは勢いよく椅子から立ち上がる。

冷蔵庫に向けて熱い視線を送り始める。

なんなんだよ。

「兄貴」

リスペクトの希薄な呼びかたでおれを呼んで、

「晩酌」

「晩酌? 飲むってか、これから」

「激レアでいいじゃん、兄妹水入らずで晩酌なんて」

スタスタと冷蔵庫まで歩み寄った難儀な妹は、

バドワイザーでいいよね」

 

いちおう乾杯してからバドワイザービールを飲み始めた。

「あすか。繰り返しみたいになるが、おまえはもっと利比古に優しくするべきだ」

バドワイザーをゴクゴク飲むだけでなにも言ってくれない妹。

「利比古が邸(ここ)に住み始めてからもうじき4年になる。初めっからおまえは、あいつに攻撃的で……」

「お説教?」

「お説教したくもなる」

トン、とバドワイザーの缶を置く妹。

なぜか笑みをたたえていやがる。

兄貴をからかう気かっ。

イラついて妹を睨む。

睨み続けていると、妹の笑顔にちょっぴりと違和感を覚え始めた。

からかいたいだけの笑顔じゃない。

なんと表現すべきか。

真面目なキモチが笑顔に混ざっているというか……なんというか。

「信頼だって、してるから。……彼には」

意外なコトを妹が言った。

利比古への信頼感の表明。

それに加えて、妹の笑顔が大人っぽさのようなモノを帯びていることに、気付き始める。

もうハタチの妹。

もうハタチであっても、ガキっぽさを随所に見せている妹。

だが、ガキっぽさだとか普段の目に余る性質が、今の笑顔では全て払拭されていて。

20代に足を踏み入れた女子の笑顔だった。

仄(ほの)かに熱を帯びる妹の笑顔に向けて思わず、

「顔が赤くなってきてるんじゃないか? もうビールでのぼせたってか」

妹は左腕で頬杖し、

「……うん。『そういうこと』にしてほしいかな」

「『してほしい』ってことは、実のところは、別な原因が……」

「兄貴ぃ」

笑顔を嬉しさで満たして、

「ウルサイ。」

と、あすかは再びバドワイザーの缶を手に取った……。