「利比古。せっかくの連休なんだし、あんたにお料理を教えてあげたいわ」
「どんな料理を教えるつもりなの? お姉ちゃんは」
「当ててみなさい」
「え。ノーヒントで? そんなムチャな」
利比古の姉たる愛は少し機嫌を損ねて、
「悪かったわねえノーヒントで」
と不満をこぼし、
「わたしはね、スープの作りかたを教えたいの」
「お姉ちゃん、スープなんて無数にあるでしょ。具体的なスープの名前を言ってよ」
「んー」
先程の不機嫌さが嘘のように楽しげな顔になって、いろいろと面倒くさい利比古の姉ちゃんは、
「具体的には考えてなかった。この場で決めてもいいかしら?」
× × ×
「なんで昼間っからグッタリなの? 利比古くん」
「あすかさん」
愛と入れ替わりにやって来たあすかは、愛と同じく利比古の真向かいのソファに座っている。
利比古はやや目線を上げつつ、
「姉に振り回されてしまったので……」
「それは是非とも詳しく聴いてみたいところだねぇ」
「ずいぶんと愉しそうに言いますね……」
観念した利比古は、さっきまでの姉とのやり取りを説明する。
「14時になったらキッチンに行かないといけないんです。気が重いです」
「なんでー? 姉弟同士のふれ合いじゃん。始まる前から気が重いだなんて、おねーさんが可哀想だよ」
「姉の指導の厳しさよりも、ぼくに対する積極性が重荷になるんです」
「よくわかんない」
「……あすかさんは、姉の生来(せいらい)の気まぐれさとか、気にならないんですか?」
「ぜんぜん☆」
あすかはニコニコと、
「自分のお姉さんにそんなに苦手意識持つなんて、どーかと思うよ? もっとココロを開いてあげなくちゃ☆」
× × ×
夕飯の片付けをしたあとのダイニング・キッチン。
もちろん窓の外は夜の暗さである。
ダイニングテーブルに残っているのは、おれとあすかだけ。
「あすか。おまえもう少し利比古のキモチも分かってやれよ」
「キモチ??」
「あいつは自分の姉のことが苦手なんじゃないんだ。ウンザリするときもあるってだけなんだよ」
「ま、たしかにね」
「気を配ってやれ」
「うん。アフターケアしとく」
ほんとにアフターケアするんかいな。
イマイチ信用できねぇ。
あすかは勢いよく椅子から立ち上がる。
冷蔵庫に向けて熱い視線を送り始める。
なんなんだよ。
「兄貴」
リスペクトの希薄な呼びかたでおれを呼んで、
「晩酌」
「晩酌? 飲むってか、これから」
「激レアでいいじゃん、兄妹水入らずで晩酌なんて」
スタスタと冷蔵庫まで歩み寄った難儀な妹は、
「バドワイザーでいいよね」
いちおう乾杯してからバドワイザービールを飲み始めた。
「あすか。繰り返しみたいになるが、おまえはもっと利比古に優しくするべきだ」
バドワイザーをゴクゴク飲むだけでなにも言ってくれない妹。
「利比古が邸(ここ)に住み始めてからもうじき4年になる。初めっからおまえは、あいつに攻撃的で……」
「お説教?」
「お説教したくもなる」
トン、とバドワイザーの缶を置く妹。
なぜか笑みをたたえていやがる。
兄貴をからかう気かっ。
イラついて妹を睨む。
睨み続けていると、妹の笑顔にちょっぴりと違和感を覚え始めた。
からかいたいだけの笑顔じゃない。
なんと表現すべきか。
真面目なキモチが笑顔に混ざっているというか……なんというか。
「信頼だって、してるから。……彼には」
意外なコトを妹が言った。
利比古への信頼感の表明。
それに加えて、妹の笑顔が大人っぽさのようなモノを帯びていることに、気付き始める。
もうハタチの妹。
もうハタチであっても、ガキっぽさを随所に見せている妹。
だが、ガキっぽさだとか普段の目に余る性質が、今の笑顔では全て払拭されていて。
20代に足を踏み入れた女子の笑顔だった。
仄(ほの)かに熱を帯びる妹の笑顔に向けて思わず、
「顔が赤くなってきてるんじゃないか? もうビールでのぼせたってか」
妹は左腕で頬杖し、
「……うん。『そういうこと』にしてほしいかな」
「『してほしい』ってことは、実のところは、別な原因が……」
「兄貴ぃ」
笑顔を嬉しさで満たして、
「ウルサイ。」
と、あすかは再びバドワイザーの缶を手に取った……。