朝飯は食ったが眠気の残っているおれに、
「なにボヤーンってしてるのよ、アツマくん!!」
と愛が怒鳴る。
「朝から怒鳴るな。せっかくステキなエプロンしてるのに台無しだ」
「なななっ」
ステキなエプロン姿の愛が右手にチカラを込めてしまう。
「お〜い、余分なチカラを込めるもんでも無いぞ〜」
「わ、わたしっ、右手で握り拳(こぶし)作ってアツマくんにグーパンチするとか、そんな意図は」
「意外だな。そんな意図があるとてっきり思ってたんだが」
「あああああっ。もうっ」
朝から激し過ぎる愛は勢い余ったのかダイニングテーブルに両手を突き、
「確認しておくわよ!!」
「何を」
「今は、日曜日の朝!! 今日は、日曜日!! たとえ、ブログが更新されるのが日曜ではなく月曜だったとしても!!」
「あーなるほど」
おれは、
「今日が日曜日でないと、辻褄が合わんもんな」
「そーよそーよ、そういうコト。郵政博物館も国立科学博物館も月曜休館なんだもの」
郵政博物館。
おれと愛が本日向かう予定の施設。
すなわちデート場所だ。
× × ×
押上駅で降りた。
墨田区も滅多に来るコトは無い。
しかし、郵政博物館があるのでやって来た。
前を行く愛の背中を見ながら道を進んでいく。
「オレンジ色……か」
「え? オレンジ色がどうかしたの? アツマくん」
振り向く愛に、
「今日のおまえ全体的にオレンジ色を基調としたコーディネートだろ」
「あー、確かにそうね」
オレンジ色コーデに染まる愛が背伸びをするようにして、
「可愛いって思っちゃったんだ、あなた☆」
ウルサイ。
セリフの最後に星マークを付けるな。
まったく。
× × ×
そして、おれと愛は郵政博物館を満喫し、上野に移動し、国立科学博物館も満喫したのだった。
どう満喫したのかを端折るのは完全にオトナの事情だ。
× × ×
「博物館を2つハシゴするのも良いものね〜〜」
「2倍楽しめたな」
「2倍楽しめたのならば」
クルリと愛が振り返って、
「元々あなたには帰ってから4000字の感想文を書かせるつもりだったけど。8000字でも良いわよね?」
「バカ言え。8000字の感想文なんて書いてる余裕あるワケ無い。そもそも8000字にもなったら最早感想文じゃ無くなるだろ。長めのレポート文かよ」
むううううぅ〜っ、と愛がむくれていく。
完全に想定通り!!
「分かった分かった。8000字の代わりにコーヒー何杯でもおごってやるよ」
で、カフェのテラスでマッタリとする。
正確に言えばマッタリとしているのはおれの方だけで、愛の方は立て続けにブラックコーヒーを2杯飲み干し、早くも3杯目に手をつけ始めている。
忙しないヤツだ。
「なあなあ」
おれは忙しない愛に、
「さっきまで国立科学博物館に居たワケだが……おまえとカフェインの関係は、どうやっても科学的には分析できない気がするんだが」
カチャリとコーヒーカップを置いた愛は、
「それはあなたが文系3教科だけで大学入試を受けたからよ」
「なんだぁ? 完全文系人間だからってコトか?? おまえにしたって今の大学は私立文系で、共通試験も受けるコト無く……」
「あなたとは違うのよアツマくん」
「どんな点でだっ」
「あなた高校3年生の時に数学も理科も履修しなかったでしょう? あなたが私文クラスだったコトは当然記憶してるわ」
「ぐ……」
「それに対して、わたしは高3に上がってからも数学も理科もバッチリ履修してた」
「それは通ってた学校の方針の違いで……」
「偏差値が30ぐらい違ってたもんね☆」
愛さん。
生々しい数値を出してこないでください。
それと、語尾に星マーク付けるのは程々にして。
品性って漢字2文字、分かるよね。
「あなたが高校2年の時とか、ずいぶん理系科目で苦しんでたわよね」
「確かにな。苦しんだな。見かねたおまえが、中等部の3年だったにもかかわらず、おれに数学や理科の勉強を教えてくれたりしてた」
「偏差値が30違うから進度も丸っきり違ったのよね」
「余計なコトばっか言いやがって……」
右腕で頬杖を突いてカフェテラスの外を眺め、愛の口ぶりの余計さをやり過ごそうとする。
そんなおれの耳に、
「中3の頃のわたしって、まだ、アツマくんを、『名前で呼ぶ』コトができてなくって」
という声が届く。
ノスタルジックな話をしやがって。
「だから、『あなた』とか『あんた』とか二人称だけでアツマくんとコミュニケーションしてて。2学年上のあなたに勉強を教えてる時もそうだった」
おれは上野公園の新緑の木立(こだち)を眺めながら、
「昔話はどこまで続くんだー?」
「当分続くわ」
「おいおいっ」
「こういうデートの機会って貴重なのよ。あなたは社会人で、これからもっともっと忙しくなってくるでしょうし」
「貴重な機会だから、ガキだった頃の思い出話をするってか?」
「中等部までのわたしは、まだあなたに強く惹かれていく前で――」
「こ、コラッ!! おれの言うコトも聴かんか」
「あなたをようやく『アツマくん』と呼べたのは、高等部に上がってから」
止まりそうにない愛の語り。
どうしようも無くなってくる。
どうしようも無くなってくる帰結として、
「高等部に上がってから、見る見る内にあなたに惚れていって……。ホントの恋ってそういうモノなのよね。一気に好きになるの。あなたも実感してたでしょう? わたしが一気にあなたに惹かれていって、恋するキモチが昂(たかぶ)っていってたのを」
「愛よ。恥じらいの無い長ゼリフは禁止だ」
「ええぇ〜〜」
「幾らカフェテラスにおれたちしか来てないからって……」
「だったらそれは都合が良いってコトでしょ!?」
「よ、良くねぇよ、むしろ逆だ」
「なーにが逆なのよっ☆」
だから。
星マークの濫用はやめて。
ホントで。