【愛の◯◯】再会して6年目の彼女はオレンジ色のワンピースで……

 

むつみちゃんが着ているワンピースは鮮やかなオレンジ色だ。

メロンソーダが入ったグラスのストローを口に含もうとするむつみちゃんに眼を凝らすと、

「どーしたの? キョウくん」

あ。マズい。

慌てて、

「ごめん、なんか変な眼で……むつみちゃんを見ちゃってた」

彼女は軽く笑い、

「今のキョウくん可愛い」

と言い、

「わたしが可愛いから、可愛く見惚(みと)れちゃってたのね」

と非常に『らしい』コトバを言う。

それから、

「このワンピースの色、どう思う?」

と、自分で自分のワンピースをつまんで訊いてくる。

「良いと思うよ。だんだん暑くなってくる季節にピッタリだと思う」

「ありがと」

そしてむつみちゃんは、

「キョウくんの言う通りだわ。次第に気温が高くなってくる今の季節にはオレンジ色がピッタリ合う」

と言って、それから、

「7枠カラー」

と、付け加える。

おれはすぐに彼女が「7枠カラー」と言った意味を把握する。競馬の7枠の馬に乗る騎手の帽子の色がオレンジなのだ。

ヴィクトリアマイルってレースが今日はあるんだよね」

「そうよ。牝馬限定G1」

「むつみちゃんは7枠の馬を狙ってるの?」

彼女は答えてくれず、右手でストローをつまみ、左手で頬杖をつき、ニッコリニコニコと笑う。

そしてそれから、

「わたし髪留めも見てほしいんだけど」

要望通りに彼女の頭部に視線を移動させる。

青い髪留め。ラメのようなモノが入っているのだろうか。彼女に陽の光が当たるとキラキラと輝く。

「見入ってるわね」

図星。

図星で情けないおれに、

「髪留めの方は青色だから4枠」

と言い、左手でさらさらとロングの黒髪を均(なら)し、

ヴィクトリアマイル枠連4−7は何倍だったかしら」

と、テーブルに置いていたスマートフォンに左手を伸ばしていく。

 

× × ×

 

「むつみちゃんは『馬博士』だね。なんでも知ってるんだよね」

「キョウくんだって『鉄道博士』じゃないの」

「おれの鉄道好きは誇れるようなモノじゃないよ」

「そんなコト言わないのよー、もーっ」

「エッ」

たしなめられてしまった。

たしなめられてしまったのが恥ずかしく、おれのベッドにぺったりと座っているむつみちゃんに眼の焦点を合わせにくくなってしまう。

「キョウくーんっ」

呼び掛けられて、

「今みたいなリアクションもそれはそれで好きだけど。あなたの視線がどんどん逸れていって本棚ばかり見ちゃうようになるとイヤだわ」

と言われてしまう。

真向かいの彼女に懸命に視線を向けようとする。

努力の結果、眼と眼が合った。

彼女が少しだけ照れた感じでフフッ、と笑った。

ドキドキしてしまい、余分なチカラが入ってしまう。

彼女はそっとベッドから立ち上がり、

「鉄道雑誌読ませてもらうわよ」

と、スルスルと本棚まで歩み寄り、鉄道雑誌を物色していく。

おれの影響で鉄道にずいぶんと詳しくなったむつみちゃんが某・雑誌を1冊抜き取り、再びベッドに戻って来てフワリ、と腰を下ろし、きれいな手つきで雑誌を開く。

「新型『やくも』ってとても注目されてるわよねぇ。伯備線(はくびせん)でしょ? わたしたちが今いる神奈川県某自治体からは遠く離れてるけど。関東の方からも『撮り鉄さん』がいっぱい遠征しに行くのかしら」

撮り鉄はどこに住んでたって日本全国どこにでも出向くよ。『やくも』は新型の特急車両なんだし、なんといっても何十年ぶりかのモデルチェンジなんだからね」

「フルモデルチェンジなのよね」

「そうだね、フルモデルチェンジだね」

「キョウくんは撮り鉄さんに対してはどう思ってるの?」

「マナー違反の問題的な?」

「社会問題でしょ。有識者のお気持ちが知りたいのよ」

「おれ、有識者なの」

「あなたが有識者じゃ無かったら誰が有識者なの」

思わず髪をポリポリと掻きながらおれは、

「デリケートな問題だからなあ」

「なんだか話し始めたら長くなりそうね」

「なりそうかも」

「15時になるまでには話し終えてほしいトコロだけど」

「フジテレビ?」

「フジテレビ。」

みんなのKEIBAか」

「わたしとあなたの2人で中継見るから、『ふたりのKEIBA』」

「あはは、上手いコト言うね」

「上手(じょうず)なコトしか言わないわ」

むつみちゃんらしい。

こういう口ぶりも魅力的なんだもんな。

小学校卒業するまでずっと一緒で、6年間ブランクがあって、再会して。

すっかりオトナになったむつみちゃんとの『つきあい』も6年目、か。

この場合の『つきあい』には二重(にじゅう)の意味がある。恥ずかしいから意味は説明できないけど。

それはさておき、本日もむつみちゃんの方が『主導権』を握っていて、『押せ押せ』のような感じである。

『対抗したい』とかそういう気持ちはゼロ。

だけど、

『いつまでも部屋のカーペットに胡座(あぐら)をかいてベッド上のむつみちゃんを見上げてるだけで良いのだろうか? いや、良くない』

という気持ちは膨らんでいて。

だからこそ。

おれは黙って腰を上げる。立ち上がってむつみちゃんを見る。よーく見ていく。

キョトーンとするむつみちゃんは、

「どうしたの? いきなり立ち上がって」

おれの気持ちにくすぐったい感覚が混ざり、思わず笑ってしまう。

でも、立ち止まっていられるワケも無いから、脚を動かし、むつみちゃんだけが座っているベッドに寄っていく。

乱暴な腰の下ろし方にならないように気を付け、むつみちゃんだけだったベッドをむつみちゃんだけではないベッドにする。

「……」

と可愛くてきれいな幼馴染の女の子は絶句する。

絶句しなくたって良いのに。

「おれ、そんなに驚かせちゃった?」

何か言おうとしているものの、その『何か』を上手く形作れない。

そんな幼馴染の女の子の左肩に右手をポン、と乗せてあげる。