【愛の◯◯】2人きりの反省会のうどん屋

 

ライブが終わった。

「おつかれ、成清(なりきよ)くん」

椅子に座っているおれにあすかがそう言いながら近付いてきた。

「あすかこそ」

おれは、

「良く頑張ってるよな。努力してるのが伝わってきてる。一皮むけたんじゃないのか?」

「えっホント!? わたしのギター、そんなに上手くなってる!?」

「ああ。なんというか、成長したよな」

「成長……」

ドラムスのちひろがいつの間にかおれの背後に立っていて、

「成清くんは『あすかが成長期だ』って言いたいんだ」

「なんだよちひろ。『成長期』って」

取り合わず、ちひろはあすかの方を見て、

「あすかってオトナになったよね」

「え、え、どゆこと??」

あすかはちひろのコトバにテンパる。

「オトナはオトナだよ」

「ずっ、ずるいよ、ちひろ。もっと具体的に言ってほしいよ」

そこにベースのレイが、

「あたしさ、あすかのギターに『色気』が出てきたって思うよ」

と言って加勢する。

「色気!?」

あすかはビックリ。

「それが『オトナになった』って証拠でしょ」

とレイ。

「証拠って何……」

と戸惑うあすか。

あすかに取り合おうとしないレイは、

「ねえ、成清」

「なんでいきなりおれに振るんだ」

うどん屋に行こーよ」

「おまえの好きなあの店か? 4人でか?」

「違う。あたしとあんただけで」

「はぁ?」

ちひろにあすかの面倒を見ていてほしいから」

レイとちひろの視線が合った。

ちひろは朗らかに、

「任せてよレイ。あすかはわたしがなんとかするから。2人で楽しんできて」

うどん屋で何を楽しむというのか。

うどん屋はアトラクションじゃねえだろ。

 

× × ×

 

うどん好きのレイの行きつけのうどん屋

おれは釜揚げうどんを食い、レイは梅おろしぶっかけうどんを食った。

カウンターに2人隣り合わせ。

「成清。なんか呑む?」

「酒かよ」

「反省会をこの場でしてみたい」

「だったらここでやるんじゃなく、居酒屋に移動するとか」

「ここで大丈夫だよ。あたしらの他にほとんどお客さん居ないから居座れるよ」

オイ。

「店員さんに聞こえるような声で失礼なコトを言うな」

しかし、

「あと1時間ぐらい居残っても良いですよねー!!」

と傍若無人なレイはカウンターの向こうの店員さんに叫ぶ。

「こ、コラッ」

慌てるおれ。

しかし、レイと店員さんはアイコンタクトでもう通じ合っていて……。

 

「あすかだけどさ。あの子の中で着実に何かが変わってるような感じがして」

結局酒は頼まず、サービスのほうじ茶を手にし、完全なる反省会モードでレイが語る。

「失恋をバネにできたんだって思うけど」

レイの言うあすかの「失恋」とは、人生で初めてつきあった彼氏と別れてしまったコトだ。

今年に入ってバンドのみんなの前であすか自身が報告してきた。

別れたのは去年だったらしい。ということは、気持ちの整理ができたので報告できる気持ちにもなったというコトだろう。

「単に失恋をバネにしただけじゃなく、周りのサポートもあったんだと思う」とレイ。

「周りの?」とおれ。

「あの子のお兄さんだとか」

「あぁ……。アツマさんか」

アツマさん。あすかのお兄さんにして、おれの大学のサークルの先輩たる羽田愛さんの恋人。

「あすかってね、時々アツマさんに甘えたくなるんだって」

レイはそう言ったが、

「あちゃー。今ここで言わない方が良かったか」

と思い直すように言い、

「成清。あすかがアツマさんに甘えたくなるってのはオフレコよ。あすかの前で兄妹愛のコトでイジっちゃダメだよ」

なんか……あすかの周りってフクザツだよな。

 

長居の罪滅ぼしにジョッキ烏龍茶をおれは注文する。

5分の1程度飲んでから、

「なぁ。あすかは順調みたいだけどさ。おまえとかちひろとかは、将来のコトについて考えたりしてんの」

と問う。

問われたレイ。

ほうじ茶の湯呑みを右手の指でクルクルと回す謎の仕草。

こっちは結構真剣に問うているというのに。

「心配してくれてんの? あんた」

「……まぁな」

「あたしが大学中退して飲食店のバイトで生計立ててる状態だから?」

「そうだよ。なかなかに難儀な現状であると思うから」

「難儀ってちょっと意味分かんないなー。あたしはあたしの現在(いま)が楽しいんだよ」

「楽観視だな。オプティミストか」

オプティミストって〜。あんたに似合わない横文字コトバ使わないでよぉ」

カラダを寄せるようにおれに顔を向けてきて、

「大学ドロップアウト組は、ちひろもでしょ」

「う……。ま、まぁ、そうではあるが」

そうではあるんだが、

ちひろの方は入り直した専門学校で頑張ってるだろ。それに対して……」

「フリーターだからダメだって言いたいの?」

「……」とおれは口ごもってしまう。

レイの表情は穏やかだった。

「あんた、バンドメンバーの中でいちばん、あたしのコト心配してくれてるみたいね」

落ち着き払ってレイが言う。

「あんたとあたしの間がピリピリしてた時期あったじゃん。ピリピリしたままだったら、あたし、『余計なお世話だから!!』って、心配してくれるあんたに向かってキレてたかもしれない」

と言って、

「だけど、現在(いま)は違う。心配してくれて嬉しい」

カウンターに両肘をつけ、両手を組む。そして、おれたちのやり取りを興味深く眺めているような店員さんに向かって、

「ウーロンハイお願いします。ジョッキで!!」

とオーダーする。

レイがジョッキのウーロンハイを頼んだせいで……反省会が延長しそうな気配が充満。