【愛の◯◯】「あたしの納得がいくまで帰さない」

 

ドラムスのちひろが、

「ねえねえワダくん。今週の金曜日はあすかの誕生日なんだよ」

と言ってきた。

今週の金曜日ということは、6月9日。

ロックの日だ。

ロックの日なんだな」

おれが言うと、

「なんだか運命づけられてるみたいだよね」

ちひろは。

「運命だとか大げさだよぉ、ちひろ

当事者であるあすかが横から入ってきた。

「そうかなあ?」とちひろ

ロックの日は偶然だって、偶然」とあすか。

ちひろはあすかを凝視して、

「ハタチになるんだよねえ」

と言い、

「なーんかハタチっぽくないんだけど」

と言う。

「褒(ほ)め言葉として受け取っていいのかな」とあすか。

「お好きに」とちひろ

「ふうん」とあすかは言って、

「そろそろ再開しない? 練習」

と、ギターを構える。

あすかは半袖の白Tシャツで、清涼感を醸し出している。

こんな季節だもんな。

「成清(なりきよ)」

今度はあすかの逆サイドからベースのレイが、

「ぼーっとしないの。練習再開だよ?」

とたしなめ。

いや、ぼーっとはしてないから……。

 

× × ×

 

レイはグレーの半袖シャツ。

あすかのTシャツより袖は長い。

そしてダークブルーのズボン。

そんな格好のレイが、バンドの練習が終わるやいなや、

「成清ってさ、帰りの駅、あたしと同じだったよね?」

と訊いてきた。

うなずきながら「同じだけど」と答えると、

「じゃあ駅まで一緒に行こうよ」

と促された。

おれの視線がレイと合わさる。

一瞬口ごもりつつも、おれは、

「分かった」

と返答する。

レイと一緒に駅に行くのは初めてだ。

おれとレイの間を、あすかが横切る。

あすかは目配せみたいにおれの顔をチラ見する。

ニヤついた眼に見えた。

鼻歌を歌いながらスタジオの出口に向かうあすか。

余計な仕草がちょっち多くねーか。

 

× × ×

 

駅までの道中は反省会と化した。

あすかのギターとの「呼吸」の合わせかただとか、おれのボーカルに対しレイはたくさん注文をつける。

おれはベースに触れたことがないので、レイに注文をつけ返せない。

レイのご注文に対し相槌を打つばかりだった。

駅まで残り徒歩3分といった地点で、

「成清ってもうちょい主体性が欲しいよね」

といきなりレイが言ってきた。

「主体性って?」

訊けば、

「ボーカルでしょ? バンドの主人公でしょ!? こういう反省会のときとかもさ、もっと自己主張したほうが絶対絶対いいって」

と詰められる。

「けど、おれは加入したばっかりだしなあ」

「なにを言ってんの。そんなの関係ないよ。関係ナシナシだよ」

関係ナシナシ……。

「もっと積極的にしてって言ってんのよ、あたしは。あすかやちひろだってたぶんそう感じてる」

「感じてるかな?」

「感じてる。」

立ち止まっておれを睨みつけるレイ。

どうしたものやら。

攻撃的な女子への接しかたがイマイチ分かんねえ。

おれになんか言って欲しいのか?

『今度からはもっと積極的になろうと思う』とか。

だけど、『もっと積極的になる』っつっても、具体的な方法(メソッド)が思い浮かんで来ねえ。

レイは、おれのカラダに距離を寄せてきていた。

焦りの芽が伸びてくる。

苦し紛れで、

「……急ごうや。電車に乗り遅れる」

と言うも、

「なに言ってんの!? 田舎のローカル線じゃあるまいし。電車はいくらでも来るでしょーが」

と怒られ、

「『はぐらかし』みたいなこと言わないで」

とさらに怒られてしまう。

視線をやや逸らしてしまう。

視線を逸らしたおれの耳に、

「反省会続行っ。延長戦やるよ。あたしの納得がいくまで帰さないんだから」

という強いコトバが届く。

「……延長戦っつったって、いったいどこで」

うどん屋

「……は??」

「あたしが気に入ってるうどん屋さんがこの近くにあるんだよ。立地が分かりにくいから、穴場」

 

……うどんが好物だったんか、おまえ。