【愛の◯◯】ぶちまけた駒とぶちまけた感情

 

「あすかさん、明日はいよいよプロ野球開幕だね」

こう話を振ってみた。

しかし、あすかさんが返事してくれない。

あ、あれ?

反応が……鈍いぞ??

「お~い、あすかさん」

彼女の視線が泳いでいる。

「あすかさん、プロ野球プロ野球

少し声を大きくして、呼びかけてみた。

ようやく、『アッ』と彼女は気づいて、恐縮そうにおれに言葉を返してくる。

……そうですね、開幕する、みたいですね

あすかさんが、なぜかおれではなく加賀の方角を向いてしゃべっている気がする。

あすかさんの目線を察知したのか加賀は、

「おれになんか用か? 先輩」

「か、加賀くんには用はないよ」

「じゃああっち向いてしゃべればいいだろ」

「――やっぱり加賀くんに用があった」

「はぁ!?」

「しょっ、将棋でもしようか、加賀くん」

おっかしいなあ。

あすかさんが、野球から気を逸(そ)らそうとするなんて。

「あすかさぁん」

彼女はおれに完全に背を向けながら、

ま、まだなにか御用でしょーか!? 岡崎さん

と素っ頓狂な声を上げる。

おっかしいなあ。

「えっと、今年セ・リーグの優勝は、どこだと思う?」

ソフトバンク

お、おいおい!

おっかしいぞぉ。

おっかしいぞぉ、これは本格的に。

セ・リーグだよ、パ・リーグじゃないよ」

押し黙って、ずんずんと将棋盤を取りに行くあすかさん。

挙動が変だ。

そうでしたっ、ごめんなさい

すごく恐縮そうに謝ってる。

彼女は駒が入った箱を持ち運ぼうとしたが、手が滑って、駒を床に全部ぶちまけてしまう。

「あっちゃー、なにやってんだよぉ先輩」

そうだよね……なにやってるんだろ、わたし

落ちた駒を拾ってあげるのが、おれの義務のような気がして、あすかさんがしゃがんで懸命に駒をかき集めているところに行き、彼女と同じ目線になって駒を探そうとした、そのとき、

近寄らないで!!

 

 

 

……え?

おれに言ったの、あすかさん?

おれを、拒絶した――!?

 

 

 

「あ、

 あ、

 あ、

 おか、ざき、さん、

 岡崎さん岡崎さん違うんです違うんです、これは、わたしわたし思ってもみないことを、とにかく違うんですっ忘れてください」

 

忘れろ、と言われても、

おれだってショックだから、しばらく忘れられない。