【愛の◯◯】お酒のTPOの◯◯

 

雨がしとしとと降っている。

窓に眼を向けて、

「6月らしいお天気ね」

と言い、ハルくんのほうに向き直り、

「6月といえば。

 6月9日は、あすかちゃんの誕生日よ」

と言う。

床にあぐらのハルくんは、

「そうだったっけ?」

「……知らなかったの? わたし教えなかったかしら?」

「どうだっけな」

「あの子もハタチになるのよ。節目の年よ」

「まじかぁ。あすかちゃんもハタチかぁ~~」

「お祝いのメッセージを考えてちょうだい」

「いつまでに?」

「今日中に決まってるでしょう」

「うぉ。厳しいアカ子だ」

……その言い回しはなに。

思わず腕を組み、

「厳しくもなるわよっ。

 ハルくん。あなたは、あすかちゃんの初恋の男子(ひと)だったんだから……。

 そうだったからこそ、お誕生日メッセージは真剣に考えてほしいの」

 

× × ×

 

ところでつい先日、わたしは21歳の誕生日を迎えた。

ハルくんにもハッピーバースデーをしてもらったわけなんだけれど、文字数の都合で当日の模様は割愛する。

 

外は雨が降り続いている。

あまり出かけるような気にもなれず、わたしの部屋でわたしの彼氏と雑談し続ける。

お互いのアルバイト情報の交換。

ハルくんの八百屋さんバイトは続いている。

どういうわけか、アルバイトに関しては彼は真面目。

八百屋さんのご主人が最近ハマっている深夜アニメ番組だとか、些末な情報も提供された。

わたしもわたしの模型店アルバイトのことについて話す。

ミニ四駆サーキットにやって来る生意気な男子小学生への愚痴を、ニコニコ顔で彼は受け止める。

 

× × ×

 

「……愚痴を言い過ぎるのも良くないから、このぐらいにしておくけれど」

「けれど?」

「愚痴をこぼし続けてたら――なんだか、お酒が飲みたくなってきたわ

眼を見開くハルくん。

驚いているのは明白。

――そうよね。

いきなり過ぎたわよね。

生意気男子小学生への愚痴とアルコールへの欲求とに、ふつう、関連性なんて存在しないわよね。

でも。

けれども。

とんでもないオンナだと思ってしまうかもしれないけれど……本心なのよ。

わたしは部屋のドアのほうを見て、

「少しだけ待ってて。階下(した)からお酒を持ってくるわ」

彼は動揺めいた口調で、

「み……蜜柑さんは??」

「どうして蜜柑のことを訊くの? 良くわからないわ。蜜柑なら夜まで戻って来ないけれど」

「き、きみの親御さんは……」

「忙しくて蜜柑よりも帰りが遅くなるに決まってるでしょう」

デジタル置き時計の表示は『PM4:55』。

わたしはサッ、と立ち上がり、

「ハルくん。景気づけの一杯ってコトバ、わかるわよね」

と言うも、さらに動揺を増した彼は、

「む、むちゃくちゃじゃんか」

「むちゃくちゃ?? どうして」

「きみ……いつでもどこでも、お酒のことを考え通しなんじゃないの」

あぐらのハルくんにひたひたと歩み寄っていく。

両手を腰に当て、前のめりになり、彼を見下ろし、

「わたしがTPOを弁(わきま)えてないわけが無いじゃないの」

「し、信用できない」

「信用しなさいよっ」

「そんな……」

 

× × ×

 

床に設置したテーブルに置いたロックグラスにスコッチ・ウィスキーを注いでいく。

ハルくんは缶チューハイを手にしつつ、わたしの仕草を眺めている。

わたしがグラスを口に運んでいこうとする寸前。

ハルくんが溜め息をつくのが眼に入ってきた。

「……大丈夫なのかな」

彼は言う。

なにが?

「大丈夫なのかなって、なにが? ハルくん」

彼はどうしてか、意味深めいた眼つきになって、

「いろいろな意味合いのことが」

「えっ?? なによ、それ」

「おれにしたって、いろいろ考えはあって」

「……気になるんだけれど。」

しかし、彼は苦笑いして、

「――いや、別の機会だな、おれが考えてることとかは」

「えっ……べ、別の機会って」

「飲みなよ。せっかくの高級スコッチ・ウィスキーなんだから」

「わ……わかったわ」